【まとめエントリ】⇒初めての方はこちらをどうぞ!
未来のテレビ界を担うあなたに贈る『あなぐま秘伝』の25エントリ
マスコミ就職の「常識」を丹念に検証する30エントリ
自らの経験を赤裸々に綴った「あなぐま就職自戦記」全31エントリ
面接前のあなたにぜひ読んでほしい15エントリ
スポーツ・バラエティ番組の真実がわかる11エントリ
元記者がニュースの裏側を斬る22エントリ
就職活動や記事に関する質問はこちらからどうぞ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告
tags:

地方局における「オフレコ」の実態
ちょっと前になりますが
「政府高官がオフレコ発言で・・・」という話題がありました。
いつも読んでいるコラムの中で取り上げられていたので、
ちょっと引用させていただきます。

神谷町ではたらく広報マンの独白(22)オフレコについて考える
ネットPR.JP - netpr.jp -
http://netpr.jp/primer/003168.php

(抜粋)
 "オフレコ"という言葉を使うのは、ある事項を説明し、より正確な理解を促すため、書かれないことを前提に非公表の背景等を伝える時に使われる。

 "オフレコ"という言葉は、いうまでもまく"off the record"、すなわち"記録にとどめない"という意味である。記録がないと正確な記事を書くことができない、だからオフレコというのは、話を聞いても記事にはしないという、取材をする側とされる側の了解をさしている。両者の間で結ばれる報道協定の一種といってもよいだろう。

(中略)
 だから多数の報道関係者を前にしては、"オフレコ"は基本的に通用しないと考えていたほうがよい。このことは、企業の広報活動でも同じである。

 多数の報道関係者を前にした場で"オフレコ"を用いるのであれば、予想外な記事になることも想定した上で発言する覚悟が必要だろう。あるいは、オピニオンを誘導するため、時期や表現を曖昧にした記事として掲載を促すという企みがあるのならば、それなりの高度な計算が必要だ。



オフレコにはさまざまな形態があります。

たとえば「サツ担(警察記者クラブ担当)」の記者であれば
自分が狙いをつけた警察の偉い方の家に夜回りをします。
その方が「まだ書くなよ」というニュアンスで
明るみに出ていない捜査情報などを教えてくれることがあります。
これも言うならばオフレコ。
ただ、公務員に守秘義務が厳しく求められるご時世、
この「風習」も徐々に廃れつつあるのでは・・・?と個人的に感じます。

県政キャップ(県政治記者クラブのキャップ)だったころは
いろんな課に顔を出して、取材をします。
顔を覚えてもらって、頻繁に足を運ぶようになると
「こんな話題知ってますか?」みたいな感じで
まだ発表されていない/発表するほどでもない情報を
あれやこれやを教えてくれることもあります。
(・・・これもオフレコかというと、微妙か?)


経験者から言わせてもらえば
今回の事件のように
「政治家や側近たちが世論作りも視野に入れながら
記者に観測球を上げさせるために出す非公式コメント」
という狭義のオフレコ
は、ほぼ東京にしか存在しません。

しかし「公式発表(リリース/会見)以外の方法で出され、
かつ積極的な形で情報提供者が報道を望まない情報」を
広義のオフレコ
と呼ぶならば、あふれるほど機会があります。

いずれにせよ「情報=人」という価値観のもと
「情報を集めるには、とにかくキーマンに貼りつけ!」と行動していた
従来型の報道スタイルは、以下の理由で変化しつつあり、
オフレコもいまや「古きよきもの」になりつつあると思います。

1)情報の幅が広がり、1時間のニュース番組なり、40ページの新聞なりで
  すべての情報を網羅しきれなくなっている
2)情報提供者の幅が広がり、公の場で行われた行為は
  あらゆる人の手によって情報発信が可能となった(特にブログ)
3)情報発信者(つまり記者)のワークスタイルが変わり
  負荷も高くなっているため、時間をゆったりと使えない


特に3は大きな要因で、私もサツ担時代
着任当初は夜回りに時間を使うこともできましたが
徐々に自分の業務が多くなりすぎて、時間を割けなくなりました。

「夜回りどころではない。仕事が終わらないんだから」

そんな状況でした。
他社の記者さんが夜回りやっているよ、という話を聞くと
うらやましく思ったものでした。変な話ですが。
スポンサーサイト
【2009/03/23 22:46】 | 報道・制作の経験談 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

「日テレ社長がバンキシャ誤報で引責辞任」の衝撃
「バンキシャ!」の誤報がきっかけで
日本テレビの社長が引責辞任しました。

私には「衝撃」です。

【日テレ社長辞任会見】「重大な監督指導不行き届きの責任をとりたい」
(MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090316/crm0903161844025-n2.htm

(記事より抜粋)

--誤報の原因をどう把握しているのか?

久保社長「一般論でいえば、私が代表取締役の職を辞したということで、すべての説明をつけたい。誤報の内容、きっかけ、報道にいたるすべてをひっくるめて、報道機関の一員として、あるいは日本の民放初のテレビ局としてこれまでテレビジャーナリズムの先頭を走ってきた自負がある。さまざまなメディアが登場するなかで、日本テレビが長い伝統に培ってきた内容の質を含めて、自負をもってみんなでここまで育ててきた。それが大きく損なわれた

--日テレの報道姿勢の何がどう問題だったのか?

久保社長「すべての取材対象がそうだが、とくに公的機関に関して、疑惑について報道する場合は、一般の場合とは異なる性格がある。特に今回問題になった岐阜県については裏金づくりの疑惑が幅広く存在すると、さまざまな検証がなされ、岐阜県としては襟をただして、いろんな措置を取ってきた。その後のことだけに、相当な幅広い取材と裏付け(が必要だった)。法的な整備もあるが、内部告発に関しての報道機関の取材は相当、慎重にやらなければならない。内部告発の中には大きな事案に発展することも含まれているが、その取り上げ方には、相当の慎重さが必要だ。さまざまな情報提供の仕組みが発達している状況からいって、10年20年前の内部告発とは相当状況が違う



・・・正直に書いて、いいですか?

たった1つの誤報で、トップが辞任するというのは
私にとってはものすごい衝撃です。

こんなことがスタンダードになってしまうと
記者もディレクターも怖くてオンエアができません。



いくつかの記事を読む限り、要旨は以下の通りです。
①岐阜県は過去に裏金問題があり、改善に努めていた
②日テレは「それでも裏金がある」との情報を得た
③慎重に取材を進め、ある程度の「ウラ」が取れたと判断しオンエアした
④その後の調査で「誤報」と分かった。内部告発者は逮捕。

※なぜか産経さんがすごーく力を入れて報じているので
興味があればこちらをどうぞ。

◆異例の立件「バンキシャ!」虚偽証言 日テレが乗った“迫真ストーリー”
(MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090315/crm0903151301007-n1.htm



放送局には毎日、それはそれはいろんな情報が寄せられます。
番組内容に対するクレームや、個人的な悩みごと相談、
そして「内部告発」と思しきものも、ちょくちょく向こうから飛び込んできます。

記者は内部告発に端を発する「疑惑」をデスクから受け取ると
それとな~く、気づかれないように、周辺取材を始めます。
でも「ものになる=オンエアに値する情報」は10本中1本くらいの印象でした。
ほとんどは、ムダ足だったり、先方に怒られたり・・・。
「内部告発」の扱いはすごく難しいのです。

それでも当時の私は
“自分は情報のプロだ”という意識が少なからずありました。
周囲の同僚や先輩も、そう自認しているフシがありました。
(※ジャーナリストだと自負したことは1度もないですけどね)

つまり
「内部告発に振り回されて、結果として上手に事実を伝えられなかったこと」
それ自体は、確かに問題だと思うのですが
内部告発をもとにした取材には、若干のリスクが内包されているので

“○○の証言で明らかになりました”

で始まるニュースは、ともすれば公平さ・公正さを欠いているかもしれないよ
という認識は、放送局内部だけでなく、視聴者や社会にとっても
「織り込み済み」という印象を私は持っていたのです。



たしかに間違った報道はよくない。謝って訂正すべきでしょう。
でも「トップ辞任」という組織としての人事は別問題です。
これをやってしまうと、裁判のようなもので

“100%立証できている事実しか報道できない”

という報道側の自己規制が生じてしまう可能性もあるのです。
少なくとも、私が現場の記者だったら
今後「内部告発」に関するネタは一切触りたくない気持ちになるでしょう。
「もし自分の報道で何かあったら・・・」と保守的にもなるでしょう。




・・・ちなみに私は「バンキシャ」のファンでもなければ、
日テレの支持者でもありません。(むしろその逆です)

しかし、テレビ局を応援する立場の人間として
今回の事態を非常に重く捉えているのです。

皆さんはどう感じますか?
【2009/03/16 21:35】 | 元記者のニュース解説 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【ニュース】 【体験談】

広告費削減の波~有名雑誌が続々と「休刊」
このブログは
「放送局や新聞社への就職」が主なテーマですが
おとなりの出版業界も大変そうです。

有名雑誌の休刊が相次いでいるのです。

『就職ジャーナル』休刊、Webでの就活に押され(Markezine)
http://markezine.jp/article/detail/6813
 リクルートは、月刊就職情報誌『就職ジャーナル』の休刊を発表した。1968年に創刊された老舗雑誌がまたひとつ姿を消すことになった。

 『就職ジャーナル』は、新卒学生のための就職情報誌として、就職にまつわる総合的な情報を提供し続けてきたが、学生の就職活動・企業の採用活動は Webを通じたコミュニケーションが一般的となってきたことから、2月28日発売号(通巻487号)をもって休刊することとなった。

 リクルートは2011年春に入社予定の学生向けには、Webサイト版『就職ジャーナル』のサービスを本格的に開始するとしており、6月からのサービス開始を予定している。


ギャルブーム火付け役の雑誌『Cawaii!』が休刊(ニュース-ORICON STYLE-)
http://www.oricon.co.jp/news/confidence/63058/full/
 主婦の友社が発行する10代向けギャル系女性誌『Cawaii!』が、5月1日(金)発売の6月号で休刊することがわかった。主婦の友社によると部数が伸び悩み、今回市場の拡大は困難だと判断したという。

 同誌は96年3月に創刊され、“読者モデル”として一般の女子高校生をモデルとして起用する読者参加型雑誌の先駆けだった。森本容子、土岐田麗子ら人気モデルを輩出し、 現在は、アイドルユニット・AKB48の板野友美や『仮面ライダーキバ』(テレビ朝日系)にも出演した高橋優らが専属モデルを務めている。

 18歳以上に向けた『S Cawaii!』や、中学生向けの『Hanachu』などの姉妹誌も発売したが、同誌の売上げが伸び悩み、休刊が決定した。日本雑誌協会ホームページによると、08年7月~9月の発行部数は11万3400部となっている。


文芸春秋:「諸君!」休刊へ(毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090303dde041040058000c.html
 文芸春秋発行のオピニオン誌「諸君!」が、創刊から40年となる5月1日発売の6月号で休刊する。同誌は左派全盛だった69年5月、月刊「文芸春秋」の兄弟誌として創刊。福田恒存、山本七平ら保守系論壇人が寄稿した。80年には、社会学者の清水幾太郎が核武装論を展開し、注目を集めた。

 05年8月まで1年間の平均部数は8万部強だったが、08年9月まで同部数は約6万5000部に落ちた。実売は4万部を切っていたという。同社全体の広告収入の落ち込みもあり、休刊を決めた。


ほかにも
「エスクァイア日本版」(男性誌)
「DTPWORLD」(出版業界誌)
「フロム・エー」(求人情報誌)などの雑誌が休刊とのこと。

景気が悪くなれば、
企業予算で真っ先に削られるのが「広告宣伝費」。
まして雑誌を買う側もフトコロがさびしく、
インターネットや無料の情報収集が中心となれば
やむを得ないのかもしれません。

でも、これから業界を志す学生さんにとっては
何とも心許ないニュースですね。



・・・ここだけのお話。

ワタシは放送局で働いていた時分、
ほんの一瞬だけ「出版社へ出向」したことがあります。
「放送局のブランド力を活かして新たなタウン情報誌を作ろう」
ということで子会社を作り、雑誌を創刊したのですが
わずか数ヶ月で「休刊」の運びとなりました。

最終号を出す前後の編集部の空気は
そりゃあもう、サミシイものがありましたよ。
デスクも営業もバイトさんも、基本的に最後の締切日でお別れです。
最終号が並ぶ本屋のにぎわいをよそに、編集部は撤収作業・・・
誰かとは別の雑誌の編集部でバッタリ再会したりなんかして。


私が携わったタウン誌は
「採算ベースに乗らずじまいで休刊」という初歩的な失敗でしたが、
上で紹介したような雑誌は、確固とした地位を築きながらも
時代の趨勢によって休刊に追い込まれるわけで
編集部の皆さんの心中は、さらにフクザツなものがあるでしょう。

心中お察し申し上げます。お疲れ様でございます。
【2009/03/11 21:27】 | 元記者のニュース解説 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【ニュース】

「地方局で働く限界」は存在するか?
けっこう多い質問です。

○地方局の取材で有名人に会えますか?
○キー局ならできて、地方局ではできない取材はありますか?
○地方局で番組制作は経験できますか?
○つまらない&単調な取材ばかりですか?(例:事件事故取材)


まず大前提として知っていただきたいのが
「もはや日々の事件事故だけを取材するメディアは存在しない」
ということです。
地方であっても、政治・経済・スポーツ・芸能・グルメ・生活情報と
幅広い話題を取材しオンエアしています。

※直接的な「スポーツ番組」「グルメ番組」が制作されていない局でも
夕方ニュースの中に地元スポーツの話題があったり、
ちょっとしたグルメ情報、文化情報(本・映画)などがありますよね?


つまり
「地方局にいるから
特定ジャンルの取材経験ができない」

という限界はないと思います。


もちろん東京を基準に全国区で考えたときの
「メジャー/マイナー」の差はあります。
資金力や制作枠、人的ネットワークの差もあるでしょう。

たとえば取材相手のサッカークラブが
J1のチームじゃなくてJ2やJFLなど「知名度の低いクラブ」、
接するタレントが全国区のタレントではなく
地方限定のタレントや駆け出しのアイドルみたいな違いです。

でも、地方局で歌っている人が有名になる事だってあります。
私が新人時代にADで手伝っていた番組には
デビューしたてで無名のコブクロが出演してくださって
「歌うまいなあ、この2人!」と鳥肌がたったものでした。
他にも首相や有名スポーツ選手、芸能人を取材する機会がありました。


私が働いていた局は特別だったのかもしれません。
むちゃくちゃ働かされましたけど、
その代わり「いろんな経験」をさせてくれる伝統がありましたから。

自分のエリアだけを1年駆けずり回るのではなく、
東京・大阪はもちろん、
海外取材も4年で3度ほど経験させてもらいました。
ドキュメンタリー番組は大小あわせて3本制作。
うち1本は全国ネットでした。


つまり地方局は人数が少ない分
「自分次第で可能性を広げられる場」
でもあると思います。

たしかに東京や大阪であれば
世間の耳目を集めるような取材活動もできるでしょう。
政治も経済も中心地ですから
地方にはない多くのイベントが存在するのは確かです。
では「イベントが多いから、取材活動の価値も高いのか?」
というと、これは疑問です。

大切なのは世の中の事象から何を切り取って、
視聴者にどう提示するかです。
極端な話、何の変哲もない一家庭の主婦を取材したとしても
そこから視聴者に何かを訴えかけられるような
テーマや材料を見つけてゆくのがこの仕事ではないか?

と、当時の私は考えていました。
【2009/03/10 23:01】 | 放送局の気になる実態 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

地方局からキー局への転職(転籍)や異動は?

地方局から、キー局(系列局)へ異動したり、
引き抜かれたり、転職したり、ということはありますか?


ないと思います。

ちゃんちゃん。


・・・という気分で、今までエントリにすらしていなかったのですが
よくよく考えると、メールやコメントで何度もいただいた質問。
おそらく「迷信」や「混乱」のようなものが根付いているのでしょう。



まずNHKと民放を分けて考えましょう。

NHKは全国組織です。
なので地方勤務していた人が東京で働くこともあります。(逆もあります)

私が出会ったNHKの方の実話。

●田舎の記者クラブで淡々と仕事していた方が
国際部に異動になって、海外で大きなニュース取材してました。
●逆に「東京でプロ野球の番記者だったんだぜ」という方が
田舎に転勤してきて、高校野球の現場で大きな顔してウザかったです。

NHKの中には「エリア採用枠」の方もいます。
その名の通り、採用されたエリアだけで勤務する契約です。
この方々を除いては、
10年で3回くらい全国を異動してるというのがNHKの印象です。


一方、民放は全国100局以上ありますが、すべて別々の会社です。
ただニュースのやりとりで協力する関係が
NNN、ANN、JNN、FNNなどの「系列」です。
(※テレ東を除外しているのは、若干性格が違うから・・・)

最近はニュースだけでなく、制作系の番組や
大規模なスポーツ中継、特番などで人的交流はありますが、
「地方局からキー局への転身」は、ほとんど無いと思ってよいでしょう。


例えば、ある地方局で
「すごく良い仕事をする」人物がいたとします。
もし同じ系列の他社が
「この人材を欲しい」と引き抜くようなことがあればどうなるでしょうか?

狭い世界ですから、人の獲り合いになるでしょう。
お互いの局の機密事項やセキュリティはずたずたです。
転職が重なれば給与体系もいびつになってしまいます。
何より互いの心象が良くありません。

ただ、上司に黙って本人がこっそり転職活動をして、
同系列あるいは別系列の局に転職することは往々にしてあります。
私の知っている人もたくさん他社に移ってゆきましたが、
その際は、本人の行動・実力、何よりも
タイミングや人の「運」が必要だと思います。



・・・いずれにせよ、キー局への転職をアテにして
地方局を選ぶのは「本末転倒」という気がしません?
【2009/02/13 22:30】 | 放送局の気になる実態 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】

【まとめエントリ】未来のテレビ界を担うあなたへ~あなぐま秘伝の25エントリ
未来のテレビ界で働くことを夢見るすべての方へ―。

私の経験や思考が少しでもお役に立つことを願ってやみません。

このブログを始めなければ、決して世に出ることはなかったであろう、
いわば私の「血と汗の結晶」です。


このブログがマスコミ志望者を応援する理由
会社概要の上手な読み方~7つのポイント
志望動機が書けないならまず「問題の切り分け」
作文小論文をうまく書きたい!と思う人へ
書類選考では固有名詞と数字が「ひっかかり」を生む

私は記者時代「その日暮らし」で生きていた
報道の現場は怒号が飛び交うのが日常茶飯事
共感する“フリ”をしていないか?と自問自答。
新人教育は「旧態依然」の徒弟制度
実際問題、希望する部署で働けるとは限らない

デジタル化が描いた番組制作の未来と現在(前編)
デジタル化が描いた番組制作の未来と現在(後編)
まだ間に合う?あなたのESテコ入れ術
悩んでいる間があれば「書く」~All you got to do is write.
ナルシシズムと冷静な自己分析の狭間で・・・

メディア研究所説①マスコミは巷にあふれている?
メディア研究所説②報道/ジャーナリズムは場所を選ぶのか
メディア研究所説③ジャーナリズムの正体見たり
メディア研究所説④すべての“職業記者”に希望を
「外化」は成長への大きなキーワード

秋葉原の通り魔殺人から考える「事件報道の意義」
報道って何なんだ?-秋葉原の事件取材をめぐって
マスコミは無条件に「陽のあたる場所」ではない
自分自身で「プロ」になるんだ
みるみる進む!?あなぐま的文章生成術
【2009/01/26 21:55】 | 報道・制作の経験談 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】 【必勝法】

【まとめエントリ】マスコミ就職の「常識」を検証する30エントリ
たくさんの人が「マスコミ就職」を誤解しています。
ありもしない「定説」や「常識」にとらわれて、事実を見逃していませんか?
噂やデマのたぐいも含め、あなぐまが1つ1つ検証しました。


マスコミ就職に「有利な学部」はない。
テレビ局=コネ採用でしょ?と思っているあなた。
新聞とテレビ・報道の違いは?
キー局と地方局、どこが違う?
高校の学歴まで気にしなくても大丈夫でしょう

記者に休日はないってホント?
記者の1日のスケジュールはこんな感じ
携帯カメラの普及が記者の存在価値を下げる?
記者からキャスターへの華麗なる転身?
野次馬根性は記者に不可欠なのか?

制作ディレクターの1日はこんな感じ
残業が多いから給料が丸々増えるわけじゃない
芸能人と仲良くなれる?…って、んなわきゃない。
テレビ営業と広告代理店、どちらの立場が強い?
テレビ局の系列には「特色」がある・・・気がする

放送局に/放送局から転職したい方へ
ぎこちない敬語で自分が出せないのはマイナス!
実はルックスが大事・・・美男美女という意味ではなくて。
就職のために浪人・転部・編入学?
第一志望ではない企業からの内定→断るべき?

ヘリを見たら全国ニュースだと思え~キー局と地方局の関係
震災報道は被災者も記者も一緒に消耗する
視聴率・インパクト至上主義?の苦悩
カメラマンと技術スタッフの体力・根性がスゴイ件
梅雨入りの映像は決して「使い回し」ではない

部署移動はなぜ必要なのか?
記者から見た「理想の技術マン」の資質
方言なまりが治る人/治らない人
目を引くタイトルは「最初の10文字」が勝負
書類を提出する前に3つのチェックを!
【2009/01/26 21:45】 | 放送局の気になる実態 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【必勝法】

【まとめエントリ】あなぐまの就職、すべて見せます31エントリ
「テレビ局で働きたい」

何のコネも情報もない田舎の大学生が、一念発起。
さいわいにも希望通り、地方局に入社するまでを書いた「前編」と
図らずも配属された営業セクションでの苦悩、
2ヶ月限定で配属された報道セクションの厳しさを書いた「後編」。

私の経験を赤裸々につづったシリーズです。


あなぐまの就職自戦記(1)志望動機は?
あなぐまの就職自戦記(2)「ひとりで頑張る」理由
あなぐまの就職自戦記(3)周囲の力を借りる
あなぐまの就職自戦記(4)面接は「会話っぽく」
あなぐまの就職自戦記(5)見抜かれた志望動機

あなぐまの就職自戦記(6)落ちた時のあきらめ方
あなぐまの就職自戦記(7)面接の失敗を「糧」に!
あなぐまの就職自戦記(8)ネットが生んだ相思相愛?
あなぐまの就職自戦記(9)本命へのアプローチ
あなぐまの就職自戦記(10)採用日程と実際の質問

あなぐまの就職自戦記(11)大切なのは「愛される」素質
あなぐまの就職自戦記(12)細かすぎて伝わらない就活の知恵
あなぐまの就職自戦記(13)細かすぎて伝わらない就活の知恵2
あなぐまの就職自戦記(14)誰にでも可能性は等しい
あなぐまの就職自戦記(15)情報を知るだけでは不十分
あなぐまの就職自戦記(16)情報の飢えが疾走を生む

続・あなぐま就職自戦記[1]新人の私がそこにいた
続・あなぐま就職自戦記[2]入社前研修
続・あなぐま就職自戦記[3]入社そして営業へ
続・あなぐま就職自戦記[4]お待ちボタンに感動
続・あなぐま就職自戦記[5]どこまでも貧乏性な男

続・あなぐま就職自戦記[6]飛び込みセールス
続・あなぐま就職自戦記[7]新人営業マンの失敗
続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショック
続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?
続・あなぐま就職自戦記[10]1to1マーケティング

続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?
続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍
続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々
続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知る
続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演
【2009/01/25 21:58】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

はじめての「セミナー講師」
初の「ビジネスセミナー講師」を経験しました。

「株式会社○○のあなぐまと申します。
本日は弊社○○のご紹介をさせていただきます。
さてお手元の資料でございますが・・・」


こんな感じの説明は何度も聞いたことがあるので
イメージこそ湧くのですが、どうも自分らしくないというか、ぎこちない。
学習塾の講師やニュースのスタジオ解説は、少なからず経験あるんですが
「初めて」はやはり緊張しました。

目安は1時間、パワーポイントのスライドは33枚。
あまりにも散漫だったり、内容の漏れがあってもいけませんので
いちおう事前に「スライドにあわせたメモ」を用意しておきました。

テーマは「CSRの取り組みとEラーニングの導入」
こんなイントロでした。

******************************
みなさん「CSR」という言葉は・・・ご存知ですかね?
もしご存知でなければ、ぜひ今日これだけでも覚えて帰って下さい。

Corporate Social Responsibility
「企業の社会的責任」と訳します。

2000年ごろからでしょうか?
ニュースやビジネス誌などで取り上げられるようになりました。


CSRは時代の要請で生まれた考え方です。
これまで企業のキーワードは「成長」でした。

「いかに安価で良質な商品価値を提供するか?」

これをしっかり考え、お客さまに喜んでいただき、持続的に成長する。
企業活動はこれで成立してました。英語ではGoing Concernと言います。

ところが、

「企業は顧客だけに視線を向けていて良いのか?」

という考え方が最近主流になりつつあるんですね。
たとえば「環境」や「労働・人権」といった昨今の問題は
企業が「お客様への価値提供」と「利潤」を追求するばかりでは
決して芽生えることのない視点だと思います。

英語でStake Holder=利害関係者という言葉が、CSRのキーワードです。
企業の成長とは相反するケースもあるのですが
私たちはさまざまな立場の方と調和して、意見をやりとりしながら
行動していかなければいけないんだよ・・・というお話です。
お聞きいただいている皆さんも、たとえばお客さまの声、
あるいは社会の意見という中で、切々と感じている変化だと思います。


余談になりますが、
CSRはヨーロッパで比較的さかんに使われている言葉だと認識しています。
環境問題、人権問題・・・企業を取り巻く変化の先頭を走るのがEUだと思います。
それに対してアメリカでは「コンプライアンス」(法令遵守)や
「ガバナンス」(企業統治)が主流だと思っていました。

ところが昨日、オバマ大統領は就任式で「new era of reaponsibility」
これからは責任の時代だ!というようなスピーチをしていました。
自身に、国家に、世界に、アメリカ国民1人1人が責任を持ってるんだよ、と。
彼の言うresponsibilityは「より良い社会を築く責務」という意味かもしれませんが、
それでも「責任」というキーワードが出てきているという事実は、
もしかすると今後アメリカ企業を取り巻くCSR的なトレンドも
何がしかの変化を見せる予兆なのかもしれないな、とそんな印象を持ちました。


さて、弊社がなぜCSRに取り組んだのか?ですが・・・(つづく)

******************************

いざ喋り始めると、見ている人の反応をうかがいながら
ついつい、あちらこちらへ脱線・・・。(メモはほとんど使わず)

“私みたいな若輩者がすみません”てな感もありますが、
幸いEラーニングの実例に皆さん興味津々で、非常に熱心。
終わった後はお褒めの言葉もたくさん頂戴して、恐悦至極にございました。
【2009/01/22 21:02】 | 元記者の日記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演
ずっと引っ張っていた
「あなぐまの新入社員時代を振り返る企画」、ようやく終幕です!

*******************************

その35「手塩にかけて」(2000年9月3日)

 以前お話ししていた「介護保険のその後」という特集が、ようやく今週オンエアできそうです。とっかかりは「ニュースのその後」というテーマに取り組んでみたいな、というこだわりでした。

 報道というお仕事は基本的には、その日起きた出来事をニュース(新しいもの)として伝えます。ところが、たとえば介護保険。3月から4月にあれだけニュースを賑わせておきながら、庶民感情としては「そんなのがあったな、そう言えば」というテーマになってしまいましたね。簡単に言うと、介護保険の大事さをふたたび訴え、視聴者の注意を喚起するのが今回の特集の目的です。

 しかしまあ「約5分のVTRを作るために2週間もかかる」とは思っていませんでした。はじめは、ケアマネージャーのお仕事というテーマで、あまり知られることのない仕事の中身と大変さについて報告しようと取材を進めていたのですが、いろいろとお話を伺っているうちに「介護保険に大挙参入した民間事業者が苦しんでいる」という別の問題が浮かび上がってきました。数字のウラをとろうとあちこちに電話をかけ、データを探したのですが、いまいち決定的な数字を得ることができません。

 そこで民間、行政それぞれの問題認識とコメントを横並びに放送して、こういう事実があるということをまずは伝えよう!という方針に変更しました。原稿の構成を考え直すこと数回、各所への取材・インタビューにいくこと数回、さまざまな人のご協力を得て、どうにか必要な映像とコメントを集めることができました。

 これからの作業としては、最終的な原稿を作り直して、資料映像などをくわえての編集をして、音声・スーパーをつけて、スタジオ説明用のフリップを発注して、企画全体の構成も考えて原稿を作ります。「Qカット」というCMに入る前に5~6秒放送するVTRも必要です。ものづくりの大変さを身をもって知る私なのでありました。


その36「OA」(2000年9月12日)

 ついにやって来ました、この瞬間!今、私はスタジオでリハーサルを行っています。いつもはアナウンサーが座っているテーブル。そう。やっとのことで「介護保険の特集」をオンエアする時がやってきました。ミーティングで「何か特集のネタないか?」とデスク(ニュースの責任者)に尋ねられ、とっさに「介護保険のその後、みたいなのをやりたいんですが」と答えてから、あっという間の4週間でした。

 スタジオに入る前、2、3回いろんな人を前に「模擬しゃべり」をやってみたのですが、カツゼツが悪すぎる・・・。私は学生時代、塾講師をやっていたので、しゃべりにはそれなりに自信があったんですが、長すぎるブランク。「早口すぎる」「絶対真っ白になるから暗記しとけ」と、いろんな人に注意を受けました。

 そしてリハーサルがスタート。

 皆シーンとしている中で、カメラをしっかりと見据えながら、しゃべっているうちにだんだんと調子が出てきました。しかし「フリップの出し方とタイミング」がさっぱり分からない・・・(汗)あと、メインキャスターのT先輩(40歳)とあまりしゃべったことがないので妙な緊張感。ううむ、もっと仲良くしとくんだった・・・と嘆いても後の祭り。
 えーい!とりあえず覚えてることをしゃべってしまえ!

 と開き直って、リハーサルを終えてみると、本来7分で終わるコーナーが9分もかかってしまいました。いわゆるひとつの「押してます」って状態です。しかしながらディレクターは「しゃべりはあんなもんでOK。コーナー少し伸ばすから」と気遣ってくれました。ありがたい。

 すぐに裏に引っ込み、何度も何度も同じ「VTRフリ」を暗記。あー。カガミ見ると、顔が強張ってる私。

 そして本番前のCM1分30秒。あわただしく席に座ると、Tさんに「介護保険ってさあ・・・俺忘れちゃったんだけど、いつ始まったんだっけ?」などと世間話のように聞かれ「制度は4月1日ですけど、介護認定は去年の10月からですから、実質的にはもうすぐ1年ですね」。

 ・・・ん?何でそんなこと聞いたんだろ?資料に書いてるのに・・・

 と不思議に思っていると、「15秒前!」の声。いつもはこの座席の反対側のカメラの真下にしゃがんで、フロアディレクターとして自分が「15秒前!」と言ってるはずなのに・・・、うわあ、ついに出てんだなあ、テレビに・・・などと妙な感慨にふけってしまいました。

  モニターをじーっと見てるとキャスター2人が写る。おお・・・いよいよはじまり。Tさんは「介護保険が始まってから実質1年がたちました。ずいぶん皆さんの耳にも馴染んできたのではないですか?」と私が書いた前フリを勝手に修正している。さすが大先輩!!・・・いやいや感心してる場合じゃない。あなたの番ですよ。「今日はケアマネージャーの明暗、というテーマでお伝えします。あなぐま記者です。よろしくお願いします。」カメラ切り替わって、私のワンショット!

 うわ。写ってるよ。
 あなぐま記者さん。


 ・・・あとは真っ白で覚えてません。気がつくと、スタジオの外。編集も構成も手伝ってくれたカメラマンさんが「なかなか良かったよ」と褒めてくれて、ちょっと泣きそうになったのだけ覚えてます。

******************************

無我夢中で喋ったVTR。
今でも実家にビデオが残っていますが、なんだか気恥ずかしくて見られません。
でも、あの日の記憶は決して忘れてはいけない、そして忘れられない、大切な1ページです。
【2009/01/05 22:29】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知る
*****************************

その33「ありがたや」(2000年8月23日)

  前回の日記で書いた不安も何のその、日々はめまぐるしく過ぎています。毎日帰ったら、かなり遅めの夕食を取り、ほんの少しプライベートな時間を過ごしたら、すぐ寝ます。朝起きたらシャワーだけ浴びてさっさと会社に行きます。食事もコンビニ弁当中心。そんな毎日で、心の余裕も時間の余裕もあまりない状態です。

 でも“ほんの少しだけ”手応えを感じ始めています。今は「介護保険のその後」ということで特集の準備をしています。いろいろな所へ電話をして、下調べをして、取材に行って、構成を考えて、の繰り返しです。ちょっと初戦の相手にしては手強いのを選んでしまったな、という気もしますが、これも後の祭り。来週くらいになんとか仕上げようということで、今はそれが一番の目標です。自分にはノルマがないので集中してやりたいことができます。これは非常に珍しく、ありがたいことです。

  ただ、どうも最近精神的に追いこまれているな、と感じています。実は学生時代、卒業論文を書くときにも同じような気持ちになったことがあります。つまり自分は
「なんとなく締め切りがあって、準備していかなきゃいかんなあ、でも手間がかかるし大変だなあ、やれるかなあ」という追い込まれ方が苦手のようです。しかし、この精神状態を乗り越えて何らかのモノを作り上げる、という作業に早く慣れないと仕事になりません。その意味では良い修行なのでしょうか?それにしてもため息の多い毎日です。


その34「ニュースの価値って?」(2000年8月29日)

  これは就職する前にも考えていたことなんですが。報道というのは難儀な商売だなあ、と感じるときがあります。

  テレビ局にはニュースの放送時間があらかじめ決まっています。(新聞もだいたいページ数が決まっています。)それを「埋める」という作業に終始してしまうのです、どうしても。もちろん現場の人達は一生懸命やっていると思います。しかし

「今日はニュースがありません」

といって、ニュースの時間帯を縮めるわけにはいきません。また

「今日はニュースが多すぎます」

といって、ニュースの放送時間を延長するわけにもいきません。すると、不動の時間枠を「うめる」という発想が生まれてしまうのです。

  「ニュース」と簡単に言いますが、事件や事故は当事者の方々にとっては一生忘れられない出来事です。しかしものすごく忙しくてニュースの数が多いときは、十分な取材ができません。また逆も真なりで、ニュースが無いときは「市の○○展」など、ヴァリューの低いニュースを放送せざるを得ません。(もちろん価値ある○○展も存在しますけどね)

  つまり「ニュースの価値」というのはどのような基準で決定されるのか?なのです。取り組んでいる側が一生懸命でもイベントそのものに目新しさがない場合、果たしてその取り組みにニュースヴァリューはあるのか否か?難しい問題です。我々にできることは、常に「ニュースの価値とは何か?」を考えることなのかもしれません。もしかすると「価値」という言葉そのものを厳密に定義しようとすると(非常に哲学的になってしまうのですが)現代の我々の危なっかしさ、不安定さにつながるのかもしれませんが。

  ものすごく抽象的な話をしましたが、私自身は元気に仕事しています。今は1日に1本取材が入るようになりました。介護保険の特集は来週にはOAできそうです。今は次の特集を何にしようかな、と考えています。”NPO”か”ISO”か”PHS”かどれかになると思います。


続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演を読む

【2008/12/15 22:28】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々
日記の続きです。今回は
「報道に配属されたばかりの新入社員」の怒涛の2週間
をごらんください。

***************************

その31「あたふたはしる」(2000年8月9日)

<4日目>
 とある神社の「年に1度の夏祭り」の中継に行きました。

  中継はものすごく大変です。たった6~7分の夕方ニュースの中継のために、スタッフ十数名が昼イチから出動します。特に今回の中継は「海ぞいの神社」というロケーションのため、境内から250m先に置かれた中継車に向かって、えんえんとケーブルをつなげて放送します。「綱引きの綱を巻く丸こいヤツ」みたいな重たいケーブルのカタマリをかつぐスタッフの皆さん、たくましい。へろへろの私、弱っちい。

  ひょんなことから、中継カメラの中でもリポーターの映像を押さえる「メインカメラ」のFD(フロアディレクター)にチャレンジすることになりました。フロアディレクターというのは皆さんが想像しやすい仕事でしょう。「インカム」と呼ばれるヘッドホン型マイクとイヤホンを付け、カメラの前にしゃがんで「10秒前でーす。9、8、7・・・」とカウントしたり、画用紙にマジックでメッセージを書いて出演者に指示したり、といった仕事をするのがフロアディレクターのだいたいの仕事だと思います。(もちろんもっと複雑な仕事も要求されるのですが、だいたいの説明ということで)

  スタジオのFDでさえも満足にできない僕なので、さすがに中継のFDは難しかったです。本番の映像を見ていただいた人にとっては、何の変哲のない中継だったかもしれませんが、現場にいた僕は、段取りを頭の中で整えつつ、サブ(中継車で映像を調整している)のディレクターに
「何やってんだよバカヤローっ!!!」
とインカムで怒鳴られつつ、現場での調整もしつつ、通行人の邪魔にもなってはいけない、「うぉーっ、わけわかんないぞ!」という状態でした。ま、なんとか事故は起きませんでしたし、ものすごくいい経験になったので良かったのですが、この日は撤収を終わって会社に戻り、家に帰るとバタンキュー。


<5日目>
  週末をほとんど体力補給と精神的立てなおしで過ごした私は気付きました。
「あ、まだ5日目なんだ」
でも周囲の空気と自分の中の意識では早くも「お客さんでいられるのもあと数日だな」という気がするから不思議です。結構ヤバイのでしょうか?ひそかに。

  この日は午前中は市役所で行われている展覧会の取材に同行。「今日は原稿を書くつもりで行動しよう」と考えて、カメラマンさんのアシスタントもそこそこに担当の方にお話をうかがっている記者の横で、あなぐまも必死にメモを取りうんうん言っていました。取材を終え、会社に戻ると早速原稿作成。今回は場の雰囲気を考えながら記事を書くことができました。それでもミスはいっぱいあったんでしょうけどね。まあほんの少しの進歩です。

  午後からはニュース取材があまりなかったので、同期のS君と一緒に裁判所と県警へ。裁判所では今後行われる裁判の予定をチェック、県警ではいわゆる「記者クラブ」と呼ばれる部屋に入って、いろいろなものを見ました。どちらも記者をやっている別の友人から聞かされていた行動で
「嗚呼、新人記者」
ともいうべきものでしょう。僕は2ヶ月限定ということで、どうやら「サツ担」と呼ばれる「警察担当」にはならなそうな雰囲気ですが、本来ならば新米記者はそこで取材の基礎を覚えるのです。ちょっぴり感動したような、しなかったような・・・。



その32「自分を見失う」(2000年8月13日)

 報道に所属して2週間が過ぎようとしています。最近の日記は、ただ「何をした」ばっかり。悩むヒマすらありません。報道の日々は僕にとってはとてもハードで、今まで考えていたことや夢見ていたこと、いろいろなことがふっ飛んで、訳が分からなくなりつつあります。

 この2週間、自分なりに頑張ってきたつもりです。カメラのまわし方、編集機の使い方、原稿の書き方、フロアディレクターのやり方、取材のやり方、やれることはできるだけ覚えてきました。そして気付いたのです。これらすべては初歩の初歩、さまざまな『手段』を覚えたに過ぎないのだと。これから自分でネタを見つけ、アポを取って、取材を重ね、構成を考え、編集をして、なおかつそれが意義のあるニュースにならなければ、まったく意味が無いのです。

 どこに向かえばよいネタがあるのでしょう?何から始めればいいのでしょう?気がつけば、やりたかったはずの「取材」を、重いプレッシャーとして感じ始めているネガティヴな自分がいました。地元のことを何一つ知らない、アウェイ出身の自分がいました。ただ与えられる研修を「こなしている」自分がいました。自分なりに練り上げてきたはずのアイデアや思想がとても陳腐であることに気づき、自信を失いつつある自分がいました。こんな人間に記事など書けません。もちろん負けるわけにはいきませんが、活路を見出すには少し時間が必要な気もします。

そして、容赦なく時間は過ぎていってしまうのです。

***************************

うーん・・・悩んでますねえ、若人よ(笑)

いま冷静に振り返ってみると、
カメラの回し方から記者経験まで、2週間で「経験できることは何でもやれ!」と
上司や先輩が許してくれたこと自体、ものすごくラッキーでした。
私の勤務していた放送局は、確かに人手も少なくて、いい加減な所も多かったけど
「何でもチャレンジさせてくれる土壌」だけは、ものすごく豊かで
その点は「たった2ヶ月のレンタル移籍のような報道研修」だった私にとって
非常にありがたいものだったんですね。

もちろん当時はそんなこと知る由もありません。
ただ、ただ、急かされ怒鳴られる日々。
「これは試練だ」「これは修行だ」と言い聞かせ、耐えてました・・・。

いよいよ次回からは「取材日記」的な展開。もうすぐエンディングです。


続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知るを読む

【2008/12/11 22:26】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍
(前回までのあらすじ)
新入社員として地方局で奮闘していたあなぐま(2000年)の日記。
営業部で4ヶ月の研修を経て、2つ目の配属先に移ることになりました。

*************************

その28「そして大決定」(2000年7月28日)


本日、あなぐまの2つめの所属先が決定しました。「報道制作」です!

今回の異動は10月以降もにらんでのことだと思います。10月以降はふたたび異動して、別の部署で働くことになる予定なのです。その部署で自分が担当する仕事を念頭において、「営業」と「報道制作」の2つの部署で経験を積み勉強する、というのがこの6ヶ月間の研修の本当の意味なのだと私は理解しています。

今の心境としては、少々複雑です。確かに報道制作は入社前に希望していた部署ですから期待はものすごく大きいです。しかし、それだからこそ「2ヶ月」という時間でどのくらいの仕事をして、どのくらいの経験を積むことができて、どのくらい自分が満足することができるのかなあ、という不安があります。生活のサイクルが急に変わってしまうであろうことに対する不安もあります。

しかし、10月以降の自分の役割がはっきりしたことによって、自分の中に目的意識ができあがり、ある程度のビジョンも持つことができるようになりました。営業での経験と報道制作の経験をどうやって次の仕事に活かしていくか、ということを常に頭の中に描きながら頑張ってみるつもりです。



その29「初日でした」(2000年8月1日)


今日は報道制作での初日でした。

なによりも身のひきしまる思いがしたのは、今朝の集合が「午前7時」だったこと。先輩のアナウンサーとカメラマンさんと3人で取材のおともをしました。テーマは「ゴミのリサイクル」でした。団地でインタビューをひろって、ゴミ収集車を追いかけて、リサイクル処理工場を訪問して、あっというまにお昼になりました。時間が過ぎることがこれほどまでに早く感じたのは久しぶりのことでした。

帰ってきてカメラマンさんとお話するうちに「カメラ講座」を受けることに。ENGと呼ばれる取材用の大きなカメラの基本的な使い方を教えていただいて、そのあまりにも多い手順と操作に混乱しながらも撮影の練習をしました。自分が試しに撮影したテープを見てみようとVTRを巻き戻していると、デスクから「事件が急に発生したので、現場にすぐ行って話を聞いてきてくれ」と言われました。

そうなんです。何と配属初日から取材をしてきたのです。混乱する頭と心をなだめながら、カメラマンの方に励まされつつ、現場に到着するとパトカーと警察官とやじうまと記者。「うわっ、何か見たことある風景!」と動揺しつつも何とか聞き込みをはじめました。よかったなと気付いたのが、4ヶ月の営業の経験か「度胸」のようなものが自分の中にあったことです。もちろん聞き込みが十分にできたというわけではありませんが、頑張れば何とかなるかもしれんぞ、という気持ちになりました。

気がつけばもう夕方。やはり新しい環境に身を置くと、時間が過ぎるのがものすごく早く感じるようです。まだまだ足りない部分が多く、その道の長さに気の遠くなるのでした。明日も頑張ります。



その30「緊張→焦燥→充実」(2000年8月6日)


<2日目>

この日は「甲子園に出場する**高校が県庁を訪問」という取材についていく予定でした。取材の予定を書いてあるホワイトボードを前の日に確認したところ、9:00と書いてあったので、私は(間抜けなことに)何も考えずに8:45に出社しました。出社して、汗を拭きつつ、のんびり缶ジュースなぞ飲んでいた私はふと「あっ!9時に県庁っていう意味だったんだ!」と気づき、デスク(報道部のチーフ)に謝りました。イメージでは「何考えてるんだ、おまえ!」というふうにどやされるのかな?と思っていたのですが、ことのほか冷静に対処されました。そのことで逆に「自分の取材はすべて自分の責任なのだな」という風に感じることができました。

結局この日は、前日のリサイクル取材のつづきに同行。会社に戻ってからは編集作業のやり方を「教えてもらう」わけにはいかないので、「見つめる」ことにしました。朝の失敗もあってあんまり成長した気がしない2日目でした。

<3日目>

この日は大忙し。朝は「動物園で小学生が飼育体験」というニュース取材に同行。取材が終わり帰ろうとすると、カメラマンさんに「いつまでもついていくだけじゃ何にもならないし、15分あげるから取材して記事書いてみたら?」といわれチャレンジ!社に戻って記事を書いたのですが、先輩の記事と比べると実力の差が歴然。ああ・・・頑張らなければ、と思っているところに火事の知らせ。地図で場所を調べ、先輩と二人で大急ぎで直行しました。

何とか取材を終え帰ってくるとデスクから「雪印製品の販売再開」の取材にスーパーへ向かえとのこと。スーパーではカメラマンさんと二人でしたので、私が初の「インタビュー録り」に挑戦することに。いろんな瞬間にすべて「何がしかの失敗をする」「何か足りない」と感じることがものすごく多いのですが、そんな事はおかまいなしに挑戦が次々にやってきます。充実感と焦燥感と緊張感の連続です。取材を終えて戻ると、フロアディレクターの練習。ああ疲れたと思いながらも、みんなもっと忙しい中で頑張っているのです。私も負けちゃおれないと自主的に編集の練習。そこにふと現れた同期のアナウンサーが、いろいろと編集のあれこれを教えてくれながら、世間話もしながら、1時間ほどの時間を付き合ってくれました。皆さんありがとう。

***************************

報道制作の仕事はとにかく「時間が長い」です。
今、メーカーで働く私は朝6:30に起きて、電車に乗って、8:30ごろ仕事が始まって
夕方5:30にはチャイムが鳴って、そこそこ残業して、また電車で帰るという生活ですが
報道センターには、チャイムもへったくれもありません。

あるのは「ニュースのオンエア時間」だけ。
例えば11:50と夕方6:30にニュースがあるとすれば
1日の全ての行動は、その時間から逆算して流れてゆきます。
そして24時間、いつでもニュースは発生します。(特に事件事故)
もし台風や地震でも起ころうものなら
災害がひと段落するまで、ずっと戦いのような時間が続きます。

もちろん入社前から想像していた世界なんですけどね。
たった4ヶ月とはいえ、別のセクションを経験してから飛び込んだことで
「どことなく客観的に見た報道制作」が私のファーストコンタクトとなり、
結果として、こういったブログを書く時の「複眼的思考」の一助となっているのも
何か1つの運命なのかなとそんなことを感じます。


続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々を読む
【2008/12/09 22:45】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

「段ボールを持った捜査員」を撮影できる秘訣
昨日の要旨から。

11月4日、連休明けの火曜日に
「小室哲哉氏 逮捕へ」の記事が各紙の一面を独占した現象は、
当局からの「事前レク」があったゆえの
仕組まれた状況だったのでは?と私は推測しています。


では、なぜ大阪地検特捜部は
意図的にメディアを誘導したのでしょうか?


簡単に言えば
「この立件が誇るべき・自慢すべきものだったから」
というのが私の結論です。


記者時代の経験を話しましょう。
よく「家宅捜索」や「強制捜査」のニュースで

段ボール箱を持った捜査員たちが
列をなしてズラズラと建物に入る(or出る)


そんな映像を見たことがありますよね?
実はこの映像には3つのパターンがあります。

(1)「いつどこに捜査員が入るよ」というあらましを
事前にだいたい教えてもらっていて、しっかりと撮影できるケース


(2)独自取材の中で「いつ入るらしい」とキャッチして
張り込みなどの努力の末に撮影できるケース(スクープ)


(3)入った後で「実は入ったらしい」と知るケース
 →まだ間に合うようであれば現地に行き
  「今入ってます」「あ、出てきました」
 →もう終わってしまった場合は
  「捜索が入ったビル」みたいなテロップでごまかす

(1)だけが性格を異にします。
(捜査員の方がそう思っているかどうかは別として)
(1)は「撮ってほしい捜査」
(2)(3)は「撮ってほしくない捜査」なのです。


ではなぜ「撮ってほしい」のか?

たとえば社会的インパクトの大きい犯罪であれば、
「それをしっかりと検挙する我々!」をアピールすることは
地元や上層部の評価につながります。

聞けば今回のような「著作権をめぐる詐欺事件」は珍しく
今回の立件は「一罰百戒」つまり見せしめ的なものだとか。
おそらく犯罪の立証には、慎重な理論構築と証拠集めが行われ、
「今後の類似犯を防ぐに足りる」と自信を持てるものが揃ったからこそ
逮捕・起訴の流れに踏み切ったと見るべきでしょう。

※逆に言えば、今回ほど派手に取り上げられたのに
結果「証拠不十分で不起訴」というような始末になってしまえば、
大阪地検の名折れということになりかねませんね。


相当な時間をかけ、それなりの自信を持っているのであれば
「いつでも動ける」=「であればメディアの後押しをもらおう」
という発想が生まれても不思議ではありません。


※もっと露骨な話をしましょう。
11月1日(土)の時点で、ネットには「Kプロデューサー逮捕へ」と出ました。
本人が読んでいれば「逃亡の可能性」もあったはずですから、
本来なら、その日のうちに任意同行で身柄をおさえるべきだったのです。
もし海外に逃げられたり、自殺されたりすると大失態ですからね。
しかしながら、彼らは4日(火)の朝まで十分に待ってから動いた。
なぜ・・・?
全てが予定調和だったことを示す証左にほかなりません。
土日祝日に動けば、公務員は「休日出勤」となってしまい、
数十人の捜査員の「手当」が必要となってしまうはずですよ、きっと。


ゆえに私は、11月4日の報道を見て
「当局が意図を持ってメディアを誘導し、
このような報道に結びついた」と考えているのです。

さらに今後「起訴」「初公判」と続いていくのですが、
このような発端で動き始めた事件ですから、
おそらく「小室容疑者に有利な情報」というのが
メディアにほとんど出ずじまいで終わってしまうのでは?
と推察しております。
【2008/11/06 22:34】 | 元記者のニュース解説 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【ニュース】

「全紙一面トップ」は当局の意図!?
昨日は朝から晩まで
小室哲哉容疑者のニュースばかり。
少し疲れてきた方も多いかもしれません。

詐欺が事実であれば、
ニュース自体は「それは彼が悪い」で終わります。
しかし受け手の印象はさまざまでしょう。

・お金がたくさんあっても幸せとは言えないんだな
・海外事業なんて生半可に手を出すものじゃない
・慰謝料とか高級外車とか、いかにも芸能界って感じだね
・ああ、時代の寵児もこんな成れの果てか・・・
・最近テレビで見たけど顔相がおかしかったよね
・久しぶりにカラオケでも行こっかな?


いずれにせよ「社会的影響の大きな人物」であったことは間違いなく
当局も、彼を立件するにあたって
「メディアをしっかりと意識した」手法を採用した
こと、
皆さんは気づいたでしょうか?

つまり、

「見せしめ」的立件

という要素が非常に色濃く出ている報道なのです。


1)紙媒体
全ての始まりは「11月4日付けの朝刊」。
主要一般紙・スポーツ紙が全て一面で「逮捕へ」と報じました。

朝の情報バラエティなどでは
「奇麗に見出しが揃った新聞十数札を並べたカット」が
必ず使われていました。・・・だって圧巻ですもの。

これはおそらく「作られた状況」だと私は考えます。


4日の朝刊は、基本的に「11月3日の出来事」を掲載します。
一面トップをどのネタにするかは各社が自由にできるはずですが、
どの新聞社も、3日に起こったいろんな出来事を押しのけて
「4日にも逮捕される見込み」をトップで報じたわけです。

「逮捕へ」というのはいわゆる観測球で、
独自取材で“ある筋”から情報を仕入れた場合によく使う表現です。
過去の私の経験から言えば、
このような観測球的記事が各社一斉に出る場合は、「スクープ」ではなく
検察側からの「半ば公のリーク」があったのではないかと推測できます。

なぜなら「単独取材」であれば、少しでも早く、
たとえば3日の夕刊や、極端な話、号外を出してでも
「他社より早く報じたい」と考えるのが基本姿勢ですから。
※今回は号外が出てもおかしくないインパクトだと思いますが、
どこも出していませんよね?・・・なぜ?



11月3日は祝日で、1日からの3連休でした。
公的機関は基本的にずっと「お休み」で
大阪地検特捜部も連休中だったはずです。
しかし4日の朝にピッタリ報じてもらうためには、
たとえば前日なりに、各社を集め
この情報について「レク」しなければいけない
はずです。

ネットでは数日前から
「大物プロデューサーKが逮捕へ」という噂が流れていました。
もしかするとかなり早めのタイミングで、非公式のレクが開かれ
「4日朝刊より解禁」という紳士協定が結ばれていたけど
ちょっとだけ漏れた(あるいは意図的に漏らした)のでは・・・?
と、これは想像しすぎですかね。

スポーツ紙の場合、
日曜日にいろんなスポーツイベントが目白押しなので
月曜の一面を確約するのは難しいのですが
(3日の朝刊なら石川遼選手とか天皇賞とか日本シリーズとか)
火曜紙面であれば、空いている可能性は高いと想定できますよね。


2)映像媒体
4日の朝刊が届くタイミングに合わせたかのように、
映像媒体もいっせいに朝ニュースから報じました。
あくまでも「新聞がこう報じています」という姿勢を貫きつつ、
午前8時ごろから「任意同行 → 逮捕・家宅捜索」
という流れになったのですが、各社の撮影スタンバイはバッチリOK!
ヘリコプターから見た「車を取り囲む報道陣」の映像は
昨日、何度となく目にしましたね。

容疑者が滞在していたのはホテルだったそうですが、
捜査員はあえて地下や裏口からこっそりと連れ出すのではなく
衆人環視の中で歩かせました。これも恐らく当局の意図です。

スムーズに捜査を進めたいのであれば、
メディアは遠ざけるのが常套手段ですから。

私も年に何度か経験しました。
たとえば「これはひどい」と誰もが感じるような凶悪犯の場合、
身柄を移される先の警察署で副署長に問い合わせると
「○時ごろに着くと思うよ」と教えてくれることがあるのです。
容疑者は自分の顔を上着などで隠してもらえるわけでもなく、
フラッシュをバシバシ焚かれて歩く・・・社会的制裁というやつです。


なぜ、大阪地検はこんな「計らい」をしたのでしょう?
長くなってしまいましたので、続きは明日。
【2008/11/05 21:48】 | 元記者のニュース解説 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【ニュース】

続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?
新人日記。
今回が「営業編」の最終回です。

****************************
その24「前年比」(2000年6月30日)

 どこの会社にでもあることですが、我々営業部にも週1回「営業会議」があります。

 会議の内容は毎週同じではありませんが、必ず確認するのが各月の売上額です。「7月は売上がいくらで前年比何%」「第1四半期の売上がいくらで、前年比で何%」という数字の確認です。(もっとも放送局の場合はCMを放送して収入を得るというスタイルを取っているので、正確には「売上見込み額の確認」ということになるのでしょうか。)

  はじめは「うあー。なんか社会人してるぞ、自分。」などとのんきな考えで出席していたあなぐまですが、最近ほんの少し考えさせられます。

  (2000年夏)現在の日本経済は成長率がマイナスに転じ、累積赤字は雪だるま式に増える一方です。学生のころ私は、日本人の頭の中にある「右肩上がりの成長神話」こそが諸悪の根源だ!と思っていました。経済を常に成長させつづけようと公共事業を大幅に増大し、減税を実施し、その穴埋めに国債を発行し、未来に負債を残してでも「ごまかしの低成長」を続けようとする日本の政治に怒りを覚えていたのです。

 ところが実際に企業で働いてみて、その姿勢が一概には否定できないものなのかなと考えるようになりました。企業が経済活動をする中で「今年はどんな目標で頑張るか」という部分は非常に重要です。その年その年の状況の中でベストを尽くさなければなりません。ではどんな基準で頑張るのか?と考えたとき「今年の状況がどうであろうと、昨年よりも良い業績を納めたい」と考えるのは1つの有効な手段なのです。「今年は状況が悪い。だから無理だ」といったんあきらめてしまえば、それまで積み上げてきた仕事の大きさが一気に小さくなってしまいます。マイナスに少しでも歯止めをかける手段も「前年比」なのです。

  もちろん日本の政府のように、今年の成績が前年比を上回るようにと負債を残したり、あるいは粉飾決算をしたりということをしては意味がありませんが、「去年よりも良くしたい。仕事を大きくしたい。」というモチベーションこそが日本経済の繁栄を支えてきた、という一面は否定できないのかもしれません。経済全体の流れを見ればもしかすると否定されるべき姿勢なのかもしれませんが、企業が競争の中で繁栄するためには絶対に必要な姿勢です。だからといって日本がこのままでいいのかというとよく分からなくなってしまいます。難しい問題です。

++++++++++++++

その26「営業の骨の髄」(2000年7月17日)

 「TVCMを打ちましょうよ。」と広告主に誠意を尽くして何度となく足繁く通っても、結果が伴わないこともあります。一方で代理店からの引き合いがあって、トントン拍子に出稿が決まって、あっというまにCMが流れることもあります。
 先輩とともに私が何度も通っているスポンサーさんがあります。決して誰が悪いわけでもないのでしょうが、実績をあげるというのは本当に難しいです。決して「運」だけでは片づけられません。「流れ」だけでも片づけられません。そして「実力」だけでも片づけられません。

 これが「運命」というやつなのでしょうか?


ところで。
最近私はよく、“社内で買い物”をしています。

たとえば土曜の丑の日にうなぎを食べるとします。
どうせ食べるなら、そこいらのお店よりは「スポンサーの大手量販店」から食べましょう。
夏のお歳暮に地元の銘菓を買う。
どうせなら代理店経由で大手百貨店から買いましょう。
こんな感じです。

 放送局の人が普段の生活で買うもの・使うもの・食べるもの・遊ぶ場所、これらすべてをスポンサーさんやお付き合いのあるお店にお願いすることができたのなら、営業部員は大いに助かることでしょう。「お互いによいお付き合い」ができるからです。この関係を悪いふうにとらえれば「持ちつ持たれつ」の関係といえるのかもしれません。しかし狭い地域経済、資本主義の中で我々はいやでも持ちつ持たれつにならざるを得ません。お店で食事をして取引先の人に出くわすことも日常茶飯事です。「ビジネスライク」と「持ちつ持たれつ」、バランスは難しいものです。

 さて、営業の骨の髄を少しずつ感じはじめたあなぐまですが、(当時の流行番組からフレーズを借りると)次週「衝撃的展開」が私を待ちうけているようです。


続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍を読む

【2008/10/31 21:48】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【営業】

続・あなぐま就職自戦記[10] 1to1マーケティング
あなぐまの新入社員当時の日記を振り返るコーナー。

・・・正直、自分でも存在を忘れかけていました。

ブログ実験をはじめて9ヶ月。
実はそろそろ違う方向性を志してみようかと模索中です。

でもこのブログがいつか誰かの役に立つことを願うのであれば
「いったん書き始めたコンテンツは、しっかり完結させたい」なあと。

てなわけで最後まで書かせてください。


*****************************
その21「テレビはもう時代遅れなのか」(2000年6月7日)

  わが局では8月にプロ野球の公式戦を県営球場にて主催します。我々営業部では、球場の外野フェンスに設置する看板と、球場でお客さんに無料で配るうちわにそれぞれ掲載する広告を現在セールス中なのです。

  具体的な金額は申し上げられませんが、その件でこの間先輩と一緒にあるスポンサーを訪問しました。そのスポンサーは誰もが知っている全国系の有名企業で、我々は地元の支店にお邪魔しました。そこでのやり取りをご紹介しましょう。(会話の詳細は省略しております。実際にはきちんとしたセールストークでしたのであしからず。)

先輩「(前置きがあって)実は今回はですね、プロ野球の企画としまして看板もしくはうちわの協賛ということでお話にあがったんですが。」

担当者「(具体的な話をひととおり聞いて)わかりました。・・・今のところ、我々としましては「費用対効果」が見込めるもの・広告効果がきちんと測定できるものに限って広告費を出す、という方針で活動しておりますので、今のようなお話では99%ご協力はできかねると思います。」

先輩「そうですか。やはり業界の状況が厳しいのも影響してますか。」

担当者「そうですね。依然として厳しいのは厳しいです。我々も昔は良かったんですが、現在の状況はよくありません。・・・その中でこういった広告に昔みたいにポンポンとお金を出していても、潰れるだけだと思いますので。・・・もっと勢いのある企業を当たってみてはどうですか?」

(以下、会話続くもセールス成立せず)

  このようにセールスが成立しないのは決して珍しくもなく、むしろ頻繁にあり得ることです。特に最近は不景気が長く続いていることも影響していて、広告費が縮小されることはあっても、拡大されることはほとんどありません。別に先輩のセールスや担当者の応対に問題があったわけでもありません。ではなぜこの会話をここで紹介したのか、というと、それは広告における「費用対効果」のお話をしたかったからです。

  テレビCM、看板、うちわなどの広告メディアは、不特定多数の人々に向けてメッセージを発する「マス・マーケティング」に分類されます。これまでの広告は「商品を知ってもらうこと、企業を知ってもらうこと、企業活動を知ってもらうこと」が目的の主流だったと私は理解しています。そのためにテレビ・新聞・ラジオなどのCM、屋外看板やチラシ、ティッシュ・うちわなどに広告を載せて配布する方法などを用いることが多かったといえるでしょう。

  ところが時代は急速に「ワン・トゥ・ワンマーケティング」「ダイレクトマーケティング」の方向に向かっています。古い言葉でいえば「御用聞き」、つまり消費者ひとりひとりのニーズに個別に対応することで、いかにして顧客を大切にするかが問われる時代になっています。理由はたくさんあります。商品の開発の速度が低下しサービスの質が問われるようになったこと、経済の成熟化によって競争の形態が変化したこと、企業の売上の80%は顧客の中の20%の人々によって支えられているという説、などなどです。

  この時代の変化によって、企業の中に「不特定多数に向かって投げかける広告は効率が悪い」という考え方が浸透するようになりました。つまり不特定多数に向かって広告を打っても、誰がどこでいつ広告を見て、どのような欲求を持ってこんなことを考えている、という情報は全くといっていいほど手に入りません。また「広告を打ったからこれだけ売上が上がった」という数値は実は算出しにくいのです。マスメディアはイメージや認知に訴えかけることは得意ですが、消費者個人へのマーケティングという作業には向いていません。もしかして時代の流れに取り残されてしまうのではないか、という危惧があなぐまにはあります。

  だからといって全ての企業がTVCMを全く止めてしまうということにはならないとは思いますが、インターネットによるマーケティングが急速に進化している今、TVというメディアはどのような広告を企業に提供できるのか、という問題が突きつけられています。

+++

その22「テレビはもう時代遅れなのか・2」(2000年6月14日)


1週間、時間が開いてしまいました。前回の続きを書きます。
以前に電波のデジタル化のお話をしました。デジタル化によってテレビというメディアに「双方向性」という要素が加わり、「誰がどこのテレビでこの電波を受信しているのか」が判別できるようになるのです。そう、前回お話しした「ワン・トゥ・ワンマーケティング」が実現できるようになるのかもしれないのです。

今のところ、未来のCMはこうなる予定です。

<例・新車のコマーシャル>
1)まず、画面に従来通りのCMが流れる
「(視聴者の声)お、この車いいなあ。燃費はいいのかなあ?」
2)リモコンでデータ画面を取り出し、新車のスペックを調べる
「なるほど、燃費もなかなかだなあ。ところで俺、金あったっけ?」
3)個人情報のコーナーから銀行残高にアクセス
「うーん、ローンならいけるかなあ・・・。とりあえず資料だけ請求するか」
4)再びCMデータの画面に戻り、資料を請求する

こんな情景がCMのたびに見られるかもしれないのです。ちなみに「CMの短い時間内にそんな操作できるわけないじゃないか」と思う人もいると思いますが、たぶんCMの時間そのものが現行の15秒・30秒からもっと長いものになると思います。また、テレビに内蔵されたハードディスクに過去のCMのデータが一定時間残っているようなシステムも開発されるはずです。

なんだ、テレビ業界は安泰じゃないか、という結論が出てきそうなところですが、実は日本の広告費はGDPの1.2%ぐらいでずっと推移してきており、広告費の中でテレビ広告費が占める割合も30%前後でずっと推移してきています。つまり日本の景気が回復しない限り、テレビ広告費は増えないのです。ところが10年後日本のテレビチャンネルは爆発的に増えています。BSデジタル、CS、地上波デジタルの普及によってチャンネル数は数倍になっています。

広告費は増えないのにチャンネル数が増えればどうなるでしょうか?そう、1チャンネルを維持するのに得られる広告収入は確実に少なくなるのです。さらに放送局外の資本が積極的に参入してくればまずまず事態は厳しくなるのです。

**************************

いままで「新人の文章」は、若干要領を得ないところがあって
「てにをは」や「接続詞」を必ず書き直していたのですが
今回はほとんど原文のままです。
少しは社会人として成長しているということでしょうか?

書いている内容は、
2008年の現在でもさほど問題意識として変わっていないのでは?
あるいは
本格的Web時代の到来でいよいよ問題意識が現実化しているのでは?
と感じさせるようなテーマです。

あなたの生活で「物を買う」という場面。
「どこで情報を得て」「何を基準にして」「はたしてどうであれば買うのか?」
おそらくほとんどの若い方は
10年前と現在でガラッとスタイルを変えているはずです。
私だってそうです。

じゃあ、物を売る側は?
売るお手伝いをしているメディアは・・・?



続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?を読む
【2008/10/22 22:41】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【営業】

続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?
新入社員日記のつづき。

*********************************
その19「誰のための放送か」(2000年5月31日)

  ローカル局を見ている皆さんなら、次のような画面を見たことがありますよね。

レポーター「今日は○○市○○町にある××というお店におじゃましています。こちらは今日ご説明いただく店長の△△さんです。よろしくお願いします。ところで△△さん、こちらのお店ですが、本当にひろびろとして快適ですよね。」
店長「そうですね。」
レポーター「そして私の前には豪華な料理が並んでいるんですが、ほんとうにおいしそうですね。」
店長「そうですね。」(以下やりとり続く)
レポーター「このフェアは?月?日まで開催されていますので、皆さんぜひおこしください!」
(最後にフェア名・期間・地図・連絡先・交通手段などが流れる)

  この「一見すると視聴者のための生活情報だが、実は企業の告知である」という情報を「パブリシティ」といいます。Publicityという単語そのものが「宣伝・告知」という意味を持っていますが、テレビ局においては「自分の局のスポンサーに取材という形で訪問し、収録をして放送する」ことをそう呼ぶのです。

<<-ここは若干取り違えてますね。どんな経緯であれ「取材は取材」ですから・・・。
改めて「パブリシティ」とは取材相手を「ビジネスパートナー」として好意的に(粛々と)紹介することとでも定義しておきましょう。


  皆さんは上のようなやり取りを視聴者としてどのように受け止めていますか?私が学生時代、このような情報を見たとしたらおそらく「視聴者のためになっていない」という印象を抱いたことでしょう。つまり「おいしいお店特集」というコンセプトのもと、一定の基準にしたがって選択されたお店を紹介するのではなく、テレビ局と付き合いのあるお店を(視聴者が知りたいことではなく、企業が紹介したいことだけ)紹介しているという事が問題点といえるでしょう。

  しかし、こういう考え方もあります。まず、テレビという媒体は公共のものであり、ものすごく影響力が大きいのです。また偏った意見を放送することもできません。つまりテレビ局だけの価値基準で「この店はおいしい」「この店はおいしくない」という判断を下すことは良くないことなのです。これはテレビに限らず公共の情報は全てそうです。皆さんがお店を探す時に活用しているタウン誌でも、全ての店を(基本的には)おいしいと紹介しているはずです。

  またテレビ局は、視聴者には無料で放送し企業からの広告収入によって運営されています。たとえば県内の全ての飲食店を対象にしていても、全ての飲食店をこちらが把握することは非常に難しいといえます。そのなかでどのお店を紹介するのかと考えると、どうしても「自分たちに近い企業=スポンサーがらみ」ということになるでしょう。

  また私は以前、「テレビ局にいる人間は生活している人の情報、口コミ、街のうわさ、トレンドなどを常に敏感に感じて取材していくべきだ」などと考えていたのですが、実際に働いてみて感じるのは、我々が動ける時間、知り合える人の数には限りがあるということです。皆さんが朝学校や会社に行く途中で出会う人々すべてにいちいち挨拶をしないのと同じように、我々も人間ですからお付き合いのある人、良くしてもらっている人に放送枠を使ってほしいと思うのも仕方ありません。(と同時に「放送枠を使わせてくれ」という要望があるのも現実ですが。)

<<-「いやいや、それはおまえの努力不足だよ!」と9年前の私に告ぐ。

  視聴者のために放送局は存在するべきだ、と主張して就職活動をやってきたあなぐまですが、あらためてその難しさを感じている日々です。皆さんはどんな情報を知りたいですか?テレビに何を望みますか?

**********************************

新人が1度はぶち当たる「理想と現実のギャップ」というところでしょうか?

今でこそ「ホットペッパー」を初めとするフリーペーパーが全盛になり、
消費者の側も
「文字媒体・映像媒体で紹介されている飲食店は、
やはり話題になりやすいから取り上げられるのだろうけど、
裏でお金が動いてるんだよね、きっと。
でもいいのよ、美味しければ。要は情報と話題性が欲しいわけ♪」

という認識を持つようになりました。(と私は推測しています)

だからこそ、何でもやっていいのか?というと
決してそうではない訳で、
手放しで「美味しい!」と言える店でなければ
「ユニーク」「こだわり」「伝統の」「素材が珍しい」「エリアでは唯一」
「東京で流行している」「夫婦が頑張っている」「装飾がきれい」
など
さまざまな属性を付与して、ディレクターたちは工夫をしているのです。


続・あなぐま就職自戦記[10]1to1マーケティングを読む
【2008/08/27 21:50】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショック
<前回までのあらすじ>
2000年春、念願のローカル放送局に入社したあなぐま。
「報道志望」という当初の願いとはうらはらに
配属されたのは営業セクション。
戸惑いながらも「飛び込みセールス」にチャレンジするなど
悪戦苦闘していた頃の日記を振り返って
「今の私ならこう考える」というコメントを付け加えつつ
みんなに「新入社員の日々」をしってもらおう!
てな企画です。

では、第8回のはじまりはじまり~。

*********************************
「存在の耐えられない軽さ」(2000年5月19日)

初めての出張をしました。プロスポーツイベント開催の記念式典に出席(参列?)するためです。
2日間を通じて一番深く感じたことがタイトルにあげた「存在の耐えられない軽さ」です。

「イベントの作業」というと普通は、会場をおさえたり、さまざまな手配をしたり、進行を考えたり、現場での指示をしたり、片づけをしたりということを想像すると思いますが、実は、営業部の社員は全く違う作業をします。営業部では、今回の大会の提供スポンサーならびに普段から特に深いお付き合いのある企業・人に対して「イベントへのお誘い」をかけ、宿泊や飲食の手配をして、実際に会場でお客様をお迎えして、楽しんでいただいて、最終的にお客様に気持ちよく帰っていただくというのが、もっとも大切な仕事なのです。

いわゆる接待、ということになるのかもしれませんが、これから先の取引きを円滑に進めるためには、このもてなしが「大切な商品のひとつ」という言い方もできるのです。出席者はプロ選手が数十名、スタッフが約100名、そして取引先の方々が300名近くいました。あなぐまはイベントの途中から受付の仕事を急きょ頼まれたのですが、社長、会長、代表取締役、副会長、副社長、常務、専務、局長、局次長、部長、支社長、支店長などなど「まあ世の中にはたくさんの役職があるもんだ・・・」と思い知らされました。

イベントは相当大きなものでした。参加者、イベント側のスタッフ、会場のスタッフがそれぞれにせわしなく会場をうごめいています。そしてあちらこちらで会釈が交わされ、会話が飛び交っていました。自分からみて「えらい人」にあたる身分の人々がこうやってコミュニケーションをとっているのか!という新たな発見もありました。

<<-タバコもゴルフもギャンブルも酒もぜーんぶ、こういう場での「話題づくり」なのよね。

しかし、この会場の中での自分の存在が何と小さいのだろうということも痛感しました。おそらく私が途中でいなくなったとしても誰一人として気が付かないでしょうし、何の影響もありません。もし私が全員に名刺を配ったとしても、私の名前を覚える人はものすごく少ないでしょう(メリットがないので)。何だか、そこの会場にいる人々すべてが、自分とは別の世界に住む人のような気がしました。

<<-割り切ってしまえば平気ですけどね。
「この人は私に興味があるんじゃなくて“テレビ局の社員”に興味があるんだ」って。


考えてみれば、自分が生まれる前から仕事を頑張ってきた人々がそこにいます。サラリーマンという生き方はものすごく「長い」ということを切に感じたあなぐまでした。
********************************

最後にいみじくも書いている
「サラリーマンという生き方の長さ」については
私いまだに馴染めずにおります。


社会人生活9年目。
別に役職もついていませんし、エラくなりたいわけでもありませんが
こんな私でもいつかは頭が薄くなり、加齢臭をただよわせ
貫禄が出てきて、課長だの部長だのになるんだろうか・・・?

という将来像を、全くイメージングできずにおります。

ただうっすら感じるのは、
管理職と呼ばれる人たちも毎日悪戦苦闘の連続だけれども、
「頑張ること」への耐性がついている分だけ、
あるいは経験がもたらす大局観と勝負勘を身につけている分だけ
さらには家族を背負っているというプレッシャーの分だけ
いわゆるひとつの「貫禄」がつくんだろうな
、って事。

つまり「みんな大変」なのです。結局は。


続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?を読む
【2008/08/26 21:41】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】

オリンピック中継で学ぶ「テレビ局のお仕事」 2
きのうの続き。

回を重ねるごとにオリンピック中継に割かれる時間が増え
いつの頃からか各局「五輪キャスター」「テーマソング」を軸に
長時間の中継番組を編成するようになりました。
しかし、この「長時間中継」が大変なのです。

たとえば柔道を思い浮かべてください。
日本人選手は男女1人ずつエントリーします。
競技は朝から夕方まで何十試合と行いますが、
日本人が見たいのは(基本的に)日本人選手の試合です。

ということは1回戦・2回戦あたりでは
ほとんどの試合が外国人同士の「無関係」な試合。
なので生中継は難しく
民放はほぼダイジェスト対応となります。

※NHKはCMがなく、番組編成に余裕があるので
フル放送もありえるかもしれません。
本当にその競技が好きな視聴者なら、NHKを見ますよね。


そして準々決勝あたりから中継をするとします。
ここでの課題が「CM」です。

民放はたとえば2時間番組を編成したら、
「その間に○回CMを消化しなければならない」
という決まりごとがあります。
野球の場合は攻守交代をふくめて18回前後のCMチャンス
というのが定番ですが、オリンピックはスポンサーも多く
競技によってはずいぶん多めのCM枠が用意されます。

ここまで書けばもう分かりますよね。
長距離の陸上や他国の試合などで、
何の脈絡もなくバッサバッサとCMが入るのは
こういった事情があります。

なぜなら「本当の見せ場」が訪れるまでに、
できる限りのCMを消化しておきたいからです。

そしてもう1つ。
「スタジオ回し」も非常に重要です。

柔道に話を戻すならば、2時間放送枠があっても
試合そのものは合計20~30分。
あとは他国の試合と準備時間です。
ということは1時間30分近くは「つなぎ」の時間。
メダルの期待を高めつつ、視聴者に有益な情報を与えつつ、
さりげなくCMを消化しつつ、というのがスタジオの重要な役割。


五輪キャスターとコメンテーター、アナウンサーというのが
スタジオトークの面々ですが、
うまく組み合わせないと「聞くに堪えない」トークが続きます。
(NHKはキャスター1人でスタジオ回しはほとんどありませんが
視聴者からのFAX紹介などは、明らかに「つなぎ」ですね)

ここまで10日ほど各局の生中継を見てきましたが、
個人的にはテレビ東京が非常に良いバランスで
落ち着いて放送を見ることができる印象です。
ベテランの草野キャスターと大橋アナ・荒川静香のトリオが
静かに丁寧に、スポーツの魅力を伝えてくれています。

※逆に厳しいなと感じるのがフジです。
キャスター2人が試合結果次第でテンション変わりすぎ。
アナも上手く進行できず、解説者が一番マトモに見えます・・・。
日テレの浅尾選手もポジションが中途半端で苦労してますね。
【2008/08/19 23:23】 | 放送局の気になる実態 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

| ホーム | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。