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【まとめエントリ】あなぐまの就職、すべて見せます31エントリ
「テレビ局で働きたい」

何のコネも情報もない田舎の大学生が、一念発起。
さいわいにも希望通り、地方局に入社するまでを書いた「前編」と
図らずも配属された営業セクションでの苦悩、
2ヶ月限定で配属された報道セクションの厳しさを書いた「後編」。

私の経験を赤裸々につづったシリーズです。


あなぐまの就職自戦記(1)志望動機は?
あなぐまの就職自戦記(2)「ひとりで頑張る」理由
あなぐまの就職自戦記(3)周囲の力を借りる
あなぐまの就職自戦記(4)面接は「会話っぽく」
あなぐまの就職自戦記(5)見抜かれた志望動機

あなぐまの就職自戦記(6)落ちた時のあきらめ方
あなぐまの就職自戦記(7)面接の失敗を「糧」に!
あなぐまの就職自戦記(8)ネットが生んだ相思相愛?
あなぐまの就職自戦記(9)本命へのアプローチ
あなぐまの就職自戦記(10)採用日程と実際の質問

あなぐまの就職自戦記(11)大切なのは「愛される」素質
あなぐまの就職自戦記(12)細かすぎて伝わらない就活の知恵
あなぐまの就職自戦記(13)細かすぎて伝わらない就活の知恵2
あなぐまの就職自戦記(14)誰にでも可能性は等しい
あなぐまの就職自戦記(15)情報を知るだけでは不十分
あなぐまの就職自戦記(16)情報の飢えが疾走を生む

続・あなぐま就職自戦記[1]新人の私がそこにいた
続・あなぐま就職自戦記[2]入社前研修
続・あなぐま就職自戦記[3]入社そして営業へ
続・あなぐま就職自戦記[4]お待ちボタンに感動
続・あなぐま就職自戦記[5]どこまでも貧乏性な男

続・あなぐま就職自戦記[6]飛び込みセールス
続・あなぐま就職自戦記[7]新人営業マンの失敗
続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショック
続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?
続・あなぐま就職自戦記[10]1to1マーケティング

続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?
続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍
続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々
続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知る
続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演
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【2009/01/25 21:58】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演
ずっと引っ張っていた
「あなぐまの新入社員時代を振り返る企画」、ようやく終幕です!

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その35「手塩にかけて」(2000年9月3日)

 以前お話ししていた「介護保険のその後」という特集が、ようやく今週オンエアできそうです。とっかかりは「ニュースのその後」というテーマに取り組んでみたいな、というこだわりでした。

 報道というお仕事は基本的には、その日起きた出来事をニュース(新しいもの)として伝えます。ところが、たとえば介護保険。3月から4月にあれだけニュースを賑わせておきながら、庶民感情としては「そんなのがあったな、そう言えば」というテーマになってしまいましたね。簡単に言うと、介護保険の大事さをふたたび訴え、視聴者の注意を喚起するのが今回の特集の目的です。

 しかしまあ「約5分のVTRを作るために2週間もかかる」とは思っていませんでした。はじめは、ケアマネージャーのお仕事というテーマで、あまり知られることのない仕事の中身と大変さについて報告しようと取材を進めていたのですが、いろいろとお話を伺っているうちに「介護保険に大挙参入した民間事業者が苦しんでいる」という別の問題が浮かび上がってきました。数字のウラをとろうとあちこちに電話をかけ、データを探したのですが、いまいち決定的な数字を得ることができません。

 そこで民間、行政それぞれの問題認識とコメントを横並びに放送して、こういう事実があるということをまずは伝えよう!という方針に変更しました。原稿の構成を考え直すこと数回、各所への取材・インタビューにいくこと数回、さまざまな人のご協力を得て、どうにか必要な映像とコメントを集めることができました。

 これからの作業としては、最終的な原稿を作り直して、資料映像などをくわえての編集をして、音声・スーパーをつけて、スタジオ説明用のフリップを発注して、企画全体の構成も考えて原稿を作ります。「Qカット」というCMに入る前に5~6秒放送するVTRも必要です。ものづくりの大変さを身をもって知る私なのでありました。


その36「OA」(2000年9月12日)

 ついにやって来ました、この瞬間!今、私はスタジオでリハーサルを行っています。いつもはアナウンサーが座っているテーブル。そう。やっとのことで「介護保険の特集」をオンエアする時がやってきました。ミーティングで「何か特集のネタないか?」とデスク(ニュースの責任者)に尋ねられ、とっさに「介護保険のその後、みたいなのをやりたいんですが」と答えてから、あっという間の4週間でした。

 スタジオに入る前、2、3回いろんな人を前に「模擬しゃべり」をやってみたのですが、カツゼツが悪すぎる・・・。私は学生時代、塾講師をやっていたので、しゃべりにはそれなりに自信があったんですが、長すぎるブランク。「早口すぎる」「絶対真っ白になるから暗記しとけ」と、いろんな人に注意を受けました。

 そしてリハーサルがスタート。

 皆シーンとしている中で、カメラをしっかりと見据えながら、しゃべっているうちにだんだんと調子が出てきました。しかし「フリップの出し方とタイミング」がさっぱり分からない・・・(汗)あと、メインキャスターのT先輩(40歳)とあまりしゃべったことがないので妙な緊張感。ううむ、もっと仲良くしとくんだった・・・と嘆いても後の祭り。
 えーい!とりあえず覚えてることをしゃべってしまえ!

 と開き直って、リハーサルを終えてみると、本来7分で終わるコーナーが9分もかかってしまいました。いわゆるひとつの「押してます」って状態です。しかしながらディレクターは「しゃべりはあんなもんでOK。コーナー少し伸ばすから」と気遣ってくれました。ありがたい。

 すぐに裏に引っ込み、何度も何度も同じ「VTRフリ」を暗記。あー。カガミ見ると、顔が強張ってる私。

 そして本番前のCM1分30秒。あわただしく席に座ると、Tさんに「介護保険ってさあ・・・俺忘れちゃったんだけど、いつ始まったんだっけ?」などと世間話のように聞かれ「制度は4月1日ですけど、介護認定は去年の10月からですから、実質的にはもうすぐ1年ですね」。

 ・・・ん?何でそんなこと聞いたんだろ?資料に書いてるのに・・・

 と不思議に思っていると、「15秒前!」の声。いつもはこの座席の反対側のカメラの真下にしゃがんで、フロアディレクターとして自分が「15秒前!」と言ってるはずなのに・・・、うわあ、ついに出てんだなあ、テレビに・・・などと妙な感慨にふけってしまいました。

  モニターをじーっと見てるとキャスター2人が写る。おお・・・いよいよはじまり。Tさんは「介護保険が始まってから実質1年がたちました。ずいぶん皆さんの耳にも馴染んできたのではないですか?」と私が書いた前フリを勝手に修正している。さすが大先輩!!・・・いやいや感心してる場合じゃない。あなたの番ですよ。「今日はケアマネージャーの明暗、というテーマでお伝えします。あなぐま記者です。よろしくお願いします。」カメラ切り替わって、私のワンショット!

 うわ。写ってるよ。
 あなぐま記者さん。


 ・・・あとは真っ白で覚えてません。気がつくと、スタジオの外。編集も構成も手伝ってくれたカメラマンさんが「なかなか良かったよ」と褒めてくれて、ちょっと泣きそうになったのだけ覚えてます。

******************************

無我夢中で喋ったVTR。
今でも実家にビデオが残っていますが、なんだか気恥ずかしくて見られません。
でも、あの日の記憶は決して忘れてはいけない、そして忘れられない、大切な1ページです。
【2009/01/05 22:29】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知る
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その33「ありがたや」(2000年8月23日)

  前回の日記で書いた不安も何のその、日々はめまぐるしく過ぎています。毎日帰ったら、かなり遅めの夕食を取り、ほんの少しプライベートな時間を過ごしたら、すぐ寝ます。朝起きたらシャワーだけ浴びてさっさと会社に行きます。食事もコンビニ弁当中心。そんな毎日で、心の余裕も時間の余裕もあまりない状態です。

 でも“ほんの少しだけ”手応えを感じ始めています。今は「介護保険のその後」ということで特集の準備をしています。いろいろな所へ電話をして、下調べをして、取材に行って、構成を考えて、の繰り返しです。ちょっと初戦の相手にしては手強いのを選んでしまったな、という気もしますが、これも後の祭り。来週くらいになんとか仕上げようということで、今はそれが一番の目標です。自分にはノルマがないので集中してやりたいことができます。これは非常に珍しく、ありがたいことです。

  ただ、どうも最近精神的に追いこまれているな、と感じています。実は学生時代、卒業論文を書くときにも同じような気持ちになったことがあります。つまり自分は
「なんとなく締め切りがあって、準備していかなきゃいかんなあ、でも手間がかかるし大変だなあ、やれるかなあ」という追い込まれ方が苦手のようです。しかし、この精神状態を乗り越えて何らかのモノを作り上げる、という作業に早く慣れないと仕事になりません。その意味では良い修行なのでしょうか?それにしてもため息の多い毎日です。


その34「ニュースの価値って?」(2000年8月29日)

  これは就職する前にも考えていたことなんですが。報道というのは難儀な商売だなあ、と感じるときがあります。

  テレビ局にはニュースの放送時間があらかじめ決まっています。(新聞もだいたいページ数が決まっています。)それを「埋める」という作業に終始してしまうのです、どうしても。もちろん現場の人達は一生懸命やっていると思います。しかし

「今日はニュースがありません」

といって、ニュースの時間帯を縮めるわけにはいきません。また

「今日はニュースが多すぎます」

といって、ニュースの放送時間を延長するわけにもいきません。すると、不動の時間枠を「うめる」という発想が生まれてしまうのです。

  「ニュース」と簡単に言いますが、事件や事故は当事者の方々にとっては一生忘れられない出来事です。しかしものすごく忙しくてニュースの数が多いときは、十分な取材ができません。また逆も真なりで、ニュースが無いときは「市の○○展」など、ヴァリューの低いニュースを放送せざるを得ません。(もちろん価値ある○○展も存在しますけどね)

  つまり「ニュースの価値」というのはどのような基準で決定されるのか?なのです。取り組んでいる側が一生懸命でもイベントそのものに目新しさがない場合、果たしてその取り組みにニュースヴァリューはあるのか否か?難しい問題です。我々にできることは、常に「ニュースの価値とは何か?」を考えることなのかもしれません。もしかすると「価値」という言葉そのものを厳密に定義しようとすると(非常に哲学的になってしまうのですが)現代の我々の危なっかしさ、不安定さにつながるのかもしれませんが。

  ものすごく抽象的な話をしましたが、私自身は元気に仕事しています。今は1日に1本取材が入るようになりました。介護保険の特集は来週にはOAできそうです。今は次の特集を何にしようかな、と考えています。”NPO”か”ISO”か”PHS”かどれかになると思います。


続・あなぐま就職自戦記[終]初めてのスタジオ出演を読む

【2008/12/15 22:28】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々
日記の続きです。今回は
「報道に配属されたばかりの新入社員」の怒涛の2週間
をごらんください。

***************************

その31「あたふたはしる」(2000年8月9日)

<4日目>
 とある神社の「年に1度の夏祭り」の中継に行きました。

  中継はものすごく大変です。たった6~7分の夕方ニュースの中継のために、スタッフ十数名が昼イチから出動します。特に今回の中継は「海ぞいの神社」というロケーションのため、境内から250m先に置かれた中継車に向かって、えんえんとケーブルをつなげて放送します。「綱引きの綱を巻く丸こいヤツ」みたいな重たいケーブルのカタマリをかつぐスタッフの皆さん、たくましい。へろへろの私、弱っちい。

  ひょんなことから、中継カメラの中でもリポーターの映像を押さえる「メインカメラ」のFD(フロアディレクター)にチャレンジすることになりました。フロアディレクターというのは皆さんが想像しやすい仕事でしょう。「インカム」と呼ばれるヘッドホン型マイクとイヤホンを付け、カメラの前にしゃがんで「10秒前でーす。9、8、7・・・」とカウントしたり、画用紙にマジックでメッセージを書いて出演者に指示したり、といった仕事をするのがフロアディレクターのだいたいの仕事だと思います。(もちろんもっと複雑な仕事も要求されるのですが、だいたいの説明ということで)

  スタジオのFDでさえも満足にできない僕なので、さすがに中継のFDは難しかったです。本番の映像を見ていただいた人にとっては、何の変哲のない中継だったかもしれませんが、現場にいた僕は、段取りを頭の中で整えつつ、サブ(中継車で映像を調整している)のディレクターに
「何やってんだよバカヤローっ!!!」
とインカムで怒鳴られつつ、現場での調整もしつつ、通行人の邪魔にもなってはいけない、「うぉーっ、わけわかんないぞ!」という状態でした。ま、なんとか事故は起きませんでしたし、ものすごくいい経験になったので良かったのですが、この日は撤収を終わって会社に戻り、家に帰るとバタンキュー。


<5日目>
  週末をほとんど体力補給と精神的立てなおしで過ごした私は気付きました。
「あ、まだ5日目なんだ」
でも周囲の空気と自分の中の意識では早くも「お客さんでいられるのもあと数日だな」という気がするから不思議です。結構ヤバイのでしょうか?ひそかに。

  この日は午前中は市役所で行われている展覧会の取材に同行。「今日は原稿を書くつもりで行動しよう」と考えて、カメラマンさんのアシスタントもそこそこに担当の方にお話をうかがっている記者の横で、あなぐまも必死にメモを取りうんうん言っていました。取材を終え、会社に戻ると早速原稿作成。今回は場の雰囲気を考えながら記事を書くことができました。それでもミスはいっぱいあったんでしょうけどね。まあほんの少しの進歩です。

  午後からはニュース取材があまりなかったので、同期のS君と一緒に裁判所と県警へ。裁判所では今後行われる裁判の予定をチェック、県警ではいわゆる「記者クラブ」と呼ばれる部屋に入って、いろいろなものを見ました。どちらも記者をやっている別の友人から聞かされていた行動で
「嗚呼、新人記者」
ともいうべきものでしょう。僕は2ヶ月限定ということで、どうやら「サツ担」と呼ばれる「警察担当」にはならなそうな雰囲気ですが、本来ならば新米記者はそこで取材の基礎を覚えるのです。ちょっぴり感動したような、しなかったような・・・。



その32「自分を見失う」(2000年8月13日)

 報道に所属して2週間が過ぎようとしています。最近の日記は、ただ「何をした」ばっかり。悩むヒマすらありません。報道の日々は僕にとってはとてもハードで、今まで考えていたことや夢見ていたこと、いろいろなことがふっ飛んで、訳が分からなくなりつつあります。

 この2週間、自分なりに頑張ってきたつもりです。カメラのまわし方、編集機の使い方、原稿の書き方、フロアディレクターのやり方、取材のやり方、やれることはできるだけ覚えてきました。そして気付いたのです。これらすべては初歩の初歩、さまざまな『手段』を覚えたに過ぎないのだと。これから自分でネタを見つけ、アポを取って、取材を重ね、構成を考え、編集をして、なおかつそれが意義のあるニュースにならなければ、まったく意味が無いのです。

 どこに向かえばよいネタがあるのでしょう?何から始めればいいのでしょう?気がつけば、やりたかったはずの「取材」を、重いプレッシャーとして感じ始めているネガティヴな自分がいました。地元のことを何一つ知らない、アウェイ出身の自分がいました。ただ与えられる研修を「こなしている」自分がいました。自分なりに練り上げてきたはずのアイデアや思想がとても陳腐であることに気づき、自信を失いつつある自分がいました。こんな人間に記事など書けません。もちろん負けるわけにはいきませんが、活路を見出すには少し時間が必要な気もします。

そして、容赦なく時間は過ぎていってしまうのです。

***************************

うーん・・・悩んでますねえ、若人よ(笑)

いま冷静に振り返ってみると、
カメラの回し方から記者経験まで、2週間で「経験できることは何でもやれ!」と
上司や先輩が許してくれたこと自体、ものすごくラッキーでした。
私の勤務していた放送局は、確かに人手も少なくて、いい加減な所も多かったけど
「何でもチャレンジさせてくれる土壌」だけは、ものすごく豊かで
その点は「たった2ヶ月のレンタル移籍のような報道研修」だった私にとって
非常にありがたいものだったんですね。

もちろん当時はそんなこと知る由もありません。
ただ、ただ、急かされ怒鳴られる日々。
「これは試練だ」「これは修行だ」と言い聞かせ、耐えてました・・・。

いよいよ次回からは「取材日記」的な展開。もうすぐエンディングです。


続・あなぐま就職自戦記[14]ニュースづくりの苦労を知るを読む

【2008/12/11 22:26】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍
(前回までのあらすじ)
新入社員として地方局で奮闘していたあなぐま(2000年)の日記。
営業部で4ヶ月の研修を経て、2つ目の配属先に移ることになりました。

*************************

その28「そして大決定」(2000年7月28日)


本日、あなぐまの2つめの所属先が決定しました。「報道制作」です!

今回の異動は10月以降もにらんでのことだと思います。10月以降はふたたび異動して、別の部署で働くことになる予定なのです。その部署で自分が担当する仕事を念頭において、「営業」と「報道制作」の2つの部署で経験を積み勉強する、というのがこの6ヶ月間の研修の本当の意味なのだと私は理解しています。

今の心境としては、少々複雑です。確かに報道制作は入社前に希望していた部署ですから期待はものすごく大きいです。しかし、それだからこそ「2ヶ月」という時間でどのくらいの仕事をして、どのくらいの経験を積むことができて、どのくらい自分が満足することができるのかなあ、という不安があります。生活のサイクルが急に変わってしまうであろうことに対する不安もあります。

しかし、10月以降の自分の役割がはっきりしたことによって、自分の中に目的意識ができあがり、ある程度のビジョンも持つことができるようになりました。営業での経験と報道制作の経験をどうやって次の仕事に活かしていくか、ということを常に頭の中に描きながら頑張ってみるつもりです。



その29「初日でした」(2000年8月1日)


今日は報道制作での初日でした。

なによりも身のひきしまる思いがしたのは、今朝の集合が「午前7時」だったこと。先輩のアナウンサーとカメラマンさんと3人で取材のおともをしました。テーマは「ゴミのリサイクル」でした。団地でインタビューをひろって、ゴミ収集車を追いかけて、リサイクル処理工場を訪問して、あっというまにお昼になりました。時間が過ぎることがこれほどまでに早く感じたのは久しぶりのことでした。

帰ってきてカメラマンさんとお話するうちに「カメラ講座」を受けることに。ENGと呼ばれる取材用の大きなカメラの基本的な使い方を教えていただいて、そのあまりにも多い手順と操作に混乱しながらも撮影の練習をしました。自分が試しに撮影したテープを見てみようとVTRを巻き戻していると、デスクから「事件が急に発生したので、現場にすぐ行って話を聞いてきてくれ」と言われました。

そうなんです。何と配属初日から取材をしてきたのです。混乱する頭と心をなだめながら、カメラマンの方に励まされつつ、現場に到着するとパトカーと警察官とやじうまと記者。「うわっ、何か見たことある風景!」と動揺しつつも何とか聞き込みをはじめました。よかったなと気付いたのが、4ヶ月の営業の経験か「度胸」のようなものが自分の中にあったことです。もちろん聞き込みが十分にできたというわけではありませんが、頑張れば何とかなるかもしれんぞ、という気持ちになりました。

気がつけばもう夕方。やはり新しい環境に身を置くと、時間が過ぎるのがものすごく早く感じるようです。まだまだ足りない部分が多く、その道の長さに気の遠くなるのでした。明日も頑張ります。



その30「緊張→焦燥→充実」(2000年8月6日)


<2日目>

この日は「甲子園に出場する**高校が県庁を訪問」という取材についていく予定でした。取材の予定を書いてあるホワイトボードを前の日に確認したところ、9:00と書いてあったので、私は(間抜けなことに)何も考えずに8:45に出社しました。出社して、汗を拭きつつ、のんびり缶ジュースなぞ飲んでいた私はふと「あっ!9時に県庁っていう意味だったんだ!」と気づき、デスク(報道部のチーフ)に謝りました。イメージでは「何考えてるんだ、おまえ!」というふうにどやされるのかな?と思っていたのですが、ことのほか冷静に対処されました。そのことで逆に「自分の取材はすべて自分の責任なのだな」という風に感じることができました。

結局この日は、前日のリサイクル取材のつづきに同行。会社に戻ってからは編集作業のやり方を「教えてもらう」わけにはいかないので、「見つめる」ことにしました。朝の失敗もあってあんまり成長した気がしない2日目でした。

<3日目>

この日は大忙し。朝は「動物園で小学生が飼育体験」というニュース取材に同行。取材が終わり帰ろうとすると、カメラマンさんに「いつまでもついていくだけじゃ何にもならないし、15分あげるから取材して記事書いてみたら?」といわれチャレンジ!社に戻って記事を書いたのですが、先輩の記事と比べると実力の差が歴然。ああ・・・頑張らなければ、と思っているところに火事の知らせ。地図で場所を調べ、先輩と二人で大急ぎで直行しました。

何とか取材を終え帰ってくるとデスクから「雪印製品の販売再開」の取材にスーパーへ向かえとのこと。スーパーではカメラマンさんと二人でしたので、私が初の「インタビュー録り」に挑戦することに。いろんな瞬間にすべて「何がしかの失敗をする」「何か足りない」と感じることがものすごく多いのですが、そんな事はおかまいなしに挑戦が次々にやってきます。充実感と焦燥感と緊張感の連続です。取材を終えて戻ると、フロアディレクターの練習。ああ疲れたと思いながらも、みんなもっと忙しい中で頑張っているのです。私も負けちゃおれないと自主的に編集の練習。そこにふと現れた同期のアナウンサーが、いろいろと編集のあれこれを教えてくれながら、世間話もしながら、1時間ほどの時間を付き合ってくれました。皆さんありがとう。

***************************

報道制作の仕事はとにかく「時間が長い」です。
今、メーカーで働く私は朝6:30に起きて、電車に乗って、8:30ごろ仕事が始まって
夕方5:30にはチャイムが鳴って、そこそこ残業して、また電車で帰るという生活ですが
報道センターには、チャイムもへったくれもありません。

あるのは「ニュースのオンエア時間」だけ。
例えば11:50と夕方6:30にニュースがあるとすれば
1日の全ての行動は、その時間から逆算して流れてゆきます。
そして24時間、いつでもニュースは発生します。(特に事件事故)
もし台風や地震でも起ころうものなら
災害がひと段落するまで、ずっと戦いのような時間が続きます。

もちろん入社前から想像していた世界なんですけどね。
たった4ヶ月とはいえ、別のセクションを経験してから飛び込んだことで
「どことなく客観的に見た報道制作」が私のファーストコンタクトとなり、
結果として、こういったブログを書く時の「複眼的思考」の一助となっているのも
何か1つの運命なのかなとそんなことを感じます。


続・あなぐま就職自戦記[13]報道のとにかく慌しい日々を読む
【2008/12/09 22:45】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?
新人日記。
今回が「営業編」の最終回です。

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その24「前年比」(2000年6月30日)

 どこの会社にでもあることですが、我々営業部にも週1回「営業会議」があります。

 会議の内容は毎週同じではありませんが、必ず確認するのが各月の売上額です。「7月は売上がいくらで前年比何%」「第1四半期の売上がいくらで、前年比で何%」という数字の確認です。(もっとも放送局の場合はCMを放送して収入を得るというスタイルを取っているので、正確には「売上見込み額の確認」ということになるのでしょうか。)

  はじめは「うあー。なんか社会人してるぞ、自分。」などとのんきな考えで出席していたあなぐまですが、最近ほんの少し考えさせられます。

  (2000年夏)現在の日本経済は成長率がマイナスに転じ、累積赤字は雪だるま式に増える一方です。学生のころ私は、日本人の頭の中にある「右肩上がりの成長神話」こそが諸悪の根源だ!と思っていました。経済を常に成長させつづけようと公共事業を大幅に増大し、減税を実施し、その穴埋めに国債を発行し、未来に負債を残してでも「ごまかしの低成長」を続けようとする日本の政治に怒りを覚えていたのです。

 ところが実際に企業で働いてみて、その姿勢が一概には否定できないものなのかなと考えるようになりました。企業が経済活動をする中で「今年はどんな目標で頑張るか」という部分は非常に重要です。その年その年の状況の中でベストを尽くさなければなりません。ではどんな基準で頑張るのか?と考えたとき「今年の状況がどうであろうと、昨年よりも良い業績を納めたい」と考えるのは1つの有効な手段なのです。「今年は状況が悪い。だから無理だ」といったんあきらめてしまえば、それまで積み上げてきた仕事の大きさが一気に小さくなってしまいます。マイナスに少しでも歯止めをかける手段も「前年比」なのです。

  もちろん日本の政府のように、今年の成績が前年比を上回るようにと負債を残したり、あるいは粉飾決算をしたりということをしては意味がありませんが、「去年よりも良くしたい。仕事を大きくしたい。」というモチベーションこそが日本経済の繁栄を支えてきた、という一面は否定できないのかもしれません。経済全体の流れを見ればもしかすると否定されるべき姿勢なのかもしれませんが、企業が競争の中で繁栄するためには絶対に必要な姿勢です。だからといって日本がこのままでいいのかというとよく分からなくなってしまいます。難しい問題です。

++++++++++++++

その26「営業の骨の髄」(2000年7月17日)

 「TVCMを打ちましょうよ。」と広告主に誠意を尽くして何度となく足繁く通っても、結果が伴わないこともあります。一方で代理店からの引き合いがあって、トントン拍子に出稿が決まって、あっというまにCMが流れることもあります。
 先輩とともに私が何度も通っているスポンサーさんがあります。決して誰が悪いわけでもないのでしょうが、実績をあげるというのは本当に難しいです。決して「運」だけでは片づけられません。「流れ」だけでも片づけられません。そして「実力」だけでも片づけられません。

 これが「運命」というやつなのでしょうか?


ところで。
最近私はよく、“社内で買い物”をしています。

たとえば土曜の丑の日にうなぎを食べるとします。
どうせ食べるなら、そこいらのお店よりは「スポンサーの大手量販店」から食べましょう。
夏のお歳暮に地元の銘菓を買う。
どうせなら代理店経由で大手百貨店から買いましょう。
こんな感じです。

 放送局の人が普段の生活で買うもの・使うもの・食べるもの・遊ぶ場所、これらすべてをスポンサーさんやお付き合いのあるお店にお願いすることができたのなら、営業部員は大いに助かることでしょう。「お互いによいお付き合い」ができるからです。この関係を悪いふうにとらえれば「持ちつ持たれつ」の関係といえるのかもしれません。しかし狭い地域経済、資本主義の中で我々はいやでも持ちつ持たれつにならざるを得ません。お店で食事をして取引先の人に出くわすことも日常茶飯事です。「ビジネスライク」と「持ちつ持たれつ」、バランスは難しいものです。

 さて、営業の骨の髄を少しずつ感じはじめたあなぐまですが、(当時の流行番組からフレーズを借りると)次週「衝撃的展開」が私を待ちうけているようです。


続・あなぐま就職自戦記[12]報道へ2ヶ月レンタル移籍を読む

【2008/10/31 21:48】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【営業】

続・あなぐま就職自戦記[10] 1to1マーケティング
あなぐまの新入社員当時の日記を振り返るコーナー。

・・・正直、自分でも存在を忘れかけていました。

ブログ実験をはじめて9ヶ月。
実はそろそろ違う方向性を志してみようかと模索中です。

でもこのブログがいつか誰かの役に立つことを願うのであれば
「いったん書き始めたコンテンツは、しっかり完結させたい」なあと。

てなわけで最後まで書かせてください。


*****************************
その21「テレビはもう時代遅れなのか」(2000年6月7日)

  わが局では8月にプロ野球の公式戦を県営球場にて主催します。我々営業部では、球場の外野フェンスに設置する看板と、球場でお客さんに無料で配るうちわにそれぞれ掲載する広告を現在セールス中なのです。

  具体的な金額は申し上げられませんが、その件でこの間先輩と一緒にあるスポンサーを訪問しました。そのスポンサーは誰もが知っている全国系の有名企業で、我々は地元の支店にお邪魔しました。そこでのやり取りをご紹介しましょう。(会話の詳細は省略しております。実際にはきちんとしたセールストークでしたのであしからず。)

先輩「(前置きがあって)実は今回はですね、プロ野球の企画としまして看板もしくはうちわの協賛ということでお話にあがったんですが。」

担当者「(具体的な話をひととおり聞いて)わかりました。・・・今のところ、我々としましては「費用対効果」が見込めるもの・広告効果がきちんと測定できるものに限って広告費を出す、という方針で活動しておりますので、今のようなお話では99%ご協力はできかねると思います。」

先輩「そうですか。やはり業界の状況が厳しいのも影響してますか。」

担当者「そうですね。依然として厳しいのは厳しいです。我々も昔は良かったんですが、現在の状況はよくありません。・・・その中でこういった広告に昔みたいにポンポンとお金を出していても、潰れるだけだと思いますので。・・・もっと勢いのある企業を当たってみてはどうですか?」

(以下、会話続くもセールス成立せず)

  このようにセールスが成立しないのは決して珍しくもなく、むしろ頻繁にあり得ることです。特に最近は不景気が長く続いていることも影響していて、広告費が縮小されることはあっても、拡大されることはほとんどありません。別に先輩のセールスや担当者の応対に問題があったわけでもありません。ではなぜこの会話をここで紹介したのか、というと、それは広告における「費用対効果」のお話をしたかったからです。

  テレビCM、看板、うちわなどの広告メディアは、不特定多数の人々に向けてメッセージを発する「マス・マーケティング」に分類されます。これまでの広告は「商品を知ってもらうこと、企業を知ってもらうこと、企業活動を知ってもらうこと」が目的の主流だったと私は理解しています。そのためにテレビ・新聞・ラジオなどのCM、屋外看板やチラシ、ティッシュ・うちわなどに広告を載せて配布する方法などを用いることが多かったといえるでしょう。

  ところが時代は急速に「ワン・トゥ・ワンマーケティング」「ダイレクトマーケティング」の方向に向かっています。古い言葉でいえば「御用聞き」、つまり消費者ひとりひとりのニーズに個別に対応することで、いかにして顧客を大切にするかが問われる時代になっています。理由はたくさんあります。商品の開発の速度が低下しサービスの質が問われるようになったこと、経済の成熟化によって競争の形態が変化したこと、企業の売上の80%は顧客の中の20%の人々によって支えられているという説、などなどです。

  この時代の変化によって、企業の中に「不特定多数に向かって投げかける広告は効率が悪い」という考え方が浸透するようになりました。つまり不特定多数に向かって広告を打っても、誰がどこでいつ広告を見て、どのような欲求を持ってこんなことを考えている、という情報は全くといっていいほど手に入りません。また「広告を打ったからこれだけ売上が上がった」という数値は実は算出しにくいのです。マスメディアはイメージや認知に訴えかけることは得意ですが、消費者個人へのマーケティングという作業には向いていません。もしかして時代の流れに取り残されてしまうのではないか、という危惧があなぐまにはあります。

  だからといって全ての企業がTVCMを全く止めてしまうということにはならないとは思いますが、インターネットによるマーケティングが急速に進化している今、TVというメディアはどのような広告を企業に提供できるのか、という問題が突きつけられています。

+++

その22「テレビはもう時代遅れなのか・2」(2000年6月14日)


1週間、時間が開いてしまいました。前回の続きを書きます。
以前に電波のデジタル化のお話をしました。デジタル化によってテレビというメディアに「双方向性」という要素が加わり、「誰がどこのテレビでこの電波を受信しているのか」が判別できるようになるのです。そう、前回お話しした「ワン・トゥ・ワンマーケティング」が実現できるようになるのかもしれないのです。

今のところ、未来のCMはこうなる予定です。

<例・新車のコマーシャル>
1)まず、画面に従来通りのCMが流れる
「(視聴者の声)お、この車いいなあ。燃費はいいのかなあ?」
2)リモコンでデータ画面を取り出し、新車のスペックを調べる
「なるほど、燃費もなかなかだなあ。ところで俺、金あったっけ?」
3)個人情報のコーナーから銀行残高にアクセス
「うーん、ローンならいけるかなあ・・・。とりあえず資料だけ請求するか」
4)再びCMデータの画面に戻り、資料を請求する

こんな情景がCMのたびに見られるかもしれないのです。ちなみに「CMの短い時間内にそんな操作できるわけないじゃないか」と思う人もいると思いますが、たぶんCMの時間そのものが現行の15秒・30秒からもっと長いものになると思います。また、テレビに内蔵されたハードディスクに過去のCMのデータが一定時間残っているようなシステムも開発されるはずです。

なんだ、テレビ業界は安泰じゃないか、という結論が出てきそうなところですが、実は日本の広告費はGDPの1.2%ぐらいでずっと推移してきており、広告費の中でテレビ広告費が占める割合も30%前後でずっと推移してきています。つまり日本の景気が回復しない限り、テレビ広告費は増えないのです。ところが10年後日本のテレビチャンネルは爆発的に増えています。BSデジタル、CS、地上波デジタルの普及によってチャンネル数は数倍になっています。

広告費は増えないのにチャンネル数が増えればどうなるでしょうか?そう、1チャンネルを維持するのに得られる広告収入は確実に少なくなるのです。さらに放送局外の資本が積極的に参入してくればまずまず事態は厳しくなるのです。

**************************

いままで「新人の文章」は、若干要領を得ないところがあって
「てにをは」や「接続詞」を必ず書き直していたのですが
今回はほとんど原文のままです。
少しは社会人として成長しているということでしょうか?

書いている内容は、
2008年の現在でもさほど問題意識として変わっていないのでは?
あるいは
本格的Web時代の到来でいよいよ問題意識が現実化しているのでは?
と感じさせるようなテーマです。

あなたの生活で「物を買う」という場面。
「どこで情報を得て」「何を基準にして」「はたしてどうであれば買うのか?」
おそらくほとんどの若い方は
10年前と現在でガラッとスタイルを変えているはずです。
私だってそうです。

じゃあ、物を売る側は?
売るお手伝いをしているメディアは・・・?



続・あなぐま就職自戦記[11]営業の真髄が少し分かったかも?を読む
【2008/10/22 22:41】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
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続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?
新入社員日記のつづき。

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その19「誰のための放送か」(2000年5月31日)

  ローカル局を見ている皆さんなら、次のような画面を見たことがありますよね。

レポーター「今日は○○市○○町にある××というお店におじゃましています。こちらは今日ご説明いただく店長の△△さんです。よろしくお願いします。ところで△△さん、こちらのお店ですが、本当にひろびろとして快適ですよね。」
店長「そうですね。」
レポーター「そして私の前には豪華な料理が並んでいるんですが、ほんとうにおいしそうですね。」
店長「そうですね。」(以下やりとり続く)
レポーター「このフェアは?月?日まで開催されていますので、皆さんぜひおこしください!」
(最後にフェア名・期間・地図・連絡先・交通手段などが流れる)

  この「一見すると視聴者のための生活情報だが、実は企業の告知である」という情報を「パブリシティ」といいます。Publicityという単語そのものが「宣伝・告知」という意味を持っていますが、テレビ局においては「自分の局のスポンサーに取材という形で訪問し、収録をして放送する」ことをそう呼ぶのです。

<<-ここは若干取り違えてますね。どんな経緯であれ「取材は取材」ですから・・・。
改めて「パブリシティ」とは取材相手を「ビジネスパートナー」として好意的に(粛々と)紹介することとでも定義しておきましょう。


  皆さんは上のようなやり取りを視聴者としてどのように受け止めていますか?私が学生時代、このような情報を見たとしたらおそらく「視聴者のためになっていない」という印象を抱いたことでしょう。つまり「おいしいお店特集」というコンセプトのもと、一定の基準にしたがって選択されたお店を紹介するのではなく、テレビ局と付き合いのあるお店を(視聴者が知りたいことではなく、企業が紹介したいことだけ)紹介しているという事が問題点といえるでしょう。

  しかし、こういう考え方もあります。まず、テレビという媒体は公共のものであり、ものすごく影響力が大きいのです。また偏った意見を放送することもできません。つまりテレビ局だけの価値基準で「この店はおいしい」「この店はおいしくない」という判断を下すことは良くないことなのです。これはテレビに限らず公共の情報は全てそうです。皆さんがお店を探す時に活用しているタウン誌でも、全ての店を(基本的には)おいしいと紹介しているはずです。

  またテレビ局は、視聴者には無料で放送し企業からの広告収入によって運営されています。たとえば県内の全ての飲食店を対象にしていても、全ての飲食店をこちらが把握することは非常に難しいといえます。そのなかでどのお店を紹介するのかと考えると、どうしても「自分たちに近い企業=スポンサーがらみ」ということになるでしょう。

  また私は以前、「テレビ局にいる人間は生活している人の情報、口コミ、街のうわさ、トレンドなどを常に敏感に感じて取材していくべきだ」などと考えていたのですが、実際に働いてみて感じるのは、我々が動ける時間、知り合える人の数には限りがあるということです。皆さんが朝学校や会社に行く途中で出会う人々すべてにいちいち挨拶をしないのと同じように、我々も人間ですからお付き合いのある人、良くしてもらっている人に放送枠を使ってほしいと思うのも仕方ありません。(と同時に「放送枠を使わせてくれ」という要望があるのも現実ですが。)

<<-「いやいや、それはおまえの努力不足だよ!」と9年前の私に告ぐ。

  視聴者のために放送局は存在するべきだ、と主張して就職活動をやってきたあなぐまですが、あらためてその難しさを感じている日々です。皆さんはどんな情報を知りたいですか?テレビに何を望みますか?

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新人が1度はぶち当たる「理想と現実のギャップ」というところでしょうか?

今でこそ「ホットペッパー」を初めとするフリーペーパーが全盛になり、
消費者の側も
「文字媒体・映像媒体で紹介されている飲食店は、
やはり話題になりやすいから取り上げられるのだろうけど、
裏でお金が動いてるんだよね、きっと。
でもいいのよ、美味しければ。要は情報と話題性が欲しいわけ♪」

という認識を持つようになりました。(と私は推測しています)

だからこそ、何でもやっていいのか?というと
決してそうではない訳で、
手放しで「美味しい!」と言える店でなければ
「ユニーク」「こだわり」「伝統の」「素材が珍しい」「エリアでは唯一」
「東京で流行している」「夫婦が頑張っている」「装飾がきれい」
など
さまざまな属性を付与して、ディレクターたちは工夫をしているのです。


続・あなぐま就職自戦記[10]1to1マーケティングを読む
【2008/08/27 21:50】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
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続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショック
<前回までのあらすじ>
2000年春、念願のローカル放送局に入社したあなぐま。
「報道志望」という当初の願いとはうらはらに
配属されたのは営業セクション。
戸惑いながらも「飛び込みセールス」にチャレンジするなど
悪戦苦闘していた頃の日記を振り返って
「今の私ならこう考える」というコメントを付け加えつつ
みんなに「新入社員の日々」をしってもらおう!
てな企画です。

では、第8回のはじまりはじまり~。

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「存在の耐えられない軽さ」(2000年5月19日)

初めての出張をしました。プロスポーツイベント開催の記念式典に出席(参列?)するためです。
2日間を通じて一番深く感じたことがタイトルにあげた「存在の耐えられない軽さ」です。

「イベントの作業」というと普通は、会場をおさえたり、さまざまな手配をしたり、進行を考えたり、現場での指示をしたり、片づけをしたりということを想像すると思いますが、実は、営業部の社員は全く違う作業をします。営業部では、今回の大会の提供スポンサーならびに普段から特に深いお付き合いのある企業・人に対して「イベントへのお誘い」をかけ、宿泊や飲食の手配をして、実際に会場でお客様をお迎えして、楽しんでいただいて、最終的にお客様に気持ちよく帰っていただくというのが、もっとも大切な仕事なのです。

いわゆる接待、ということになるのかもしれませんが、これから先の取引きを円滑に進めるためには、このもてなしが「大切な商品のひとつ」という言い方もできるのです。出席者はプロ選手が数十名、スタッフが約100名、そして取引先の方々が300名近くいました。あなぐまはイベントの途中から受付の仕事を急きょ頼まれたのですが、社長、会長、代表取締役、副会長、副社長、常務、専務、局長、局次長、部長、支社長、支店長などなど「まあ世の中にはたくさんの役職があるもんだ・・・」と思い知らされました。

イベントは相当大きなものでした。参加者、イベント側のスタッフ、会場のスタッフがそれぞれにせわしなく会場をうごめいています。そしてあちらこちらで会釈が交わされ、会話が飛び交っていました。自分からみて「えらい人」にあたる身分の人々がこうやってコミュニケーションをとっているのか!という新たな発見もありました。

<<-タバコもゴルフもギャンブルも酒もぜーんぶ、こういう場での「話題づくり」なのよね。

しかし、この会場の中での自分の存在が何と小さいのだろうということも痛感しました。おそらく私が途中でいなくなったとしても誰一人として気が付かないでしょうし、何の影響もありません。もし私が全員に名刺を配ったとしても、私の名前を覚える人はものすごく少ないでしょう(メリットがないので)。何だか、そこの会場にいる人々すべてが、自分とは別の世界に住む人のような気がしました。

<<-割り切ってしまえば平気ですけどね。
「この人は私に興味があるんじゃなくて“テレビ局の社員”に興味があるんだ」って。


考えてみれば、自分が生まれる前から仕事を頑張ってきた人々がそこにいます。サラリーマンという生き方はものすごく「長い」ということを切に感じたあなぐまでした。
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最後にいみじくも書いている
「サラリーマンという生き方の長さ」については
私いまだに馴染めずにおります。


社会人生活9年目。
別に役職もついていませんし、エラくなりたいわけでもありませんが
こんな私でもいつかは頭が薄くなり、加齢臭をただよわせ
貫禄が出てきて、課長だの部長だのになるんだろうか・・・?

という将来像を、全くイメージングできずにおります。

ただうっすら感じるのは、
管理職と呼ばれる人たちも毎日悪戦苦闘の連続だけれども、
「頑張ること」への耐性がついている分だけ、
あるいは経験がもたらす大局観と勝負勘を身につけている分だけ
さらには家族を背負っているというプレッシャーの分だけ
いわゆるひとつの「貫禄」がつくんだろうな
、って事。

つまり「みんな大変」なのです。結局は。


続・あなぐま就職自戦記[9]誰のための放送?を読む
【2008/08/26 21:41】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(1) 
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続・あなぐま就職自戦記[7]新人営業マンの失敗
今週もめいっぱい働きました。

「iPhone」について書こうかなとも思ったのですが
それほどギークでもトレンディでもないので特に書きたいこともなく。
強いて言えば
「朝7時のニュースが民放全局生中継ってどうなの?」
と制作陣の安易さを嘆くくらいです。

あと「サキヨミ」について先週書いたばかりですが、いきなりのスキャンダル。
山本モナの懲りなさ加減にもビックリですが、
「前歴のある彼女とそういうことになれば写真誌にもれなく撮られる」
くらいのことは、サキヨミして欲しかったよ二岡選手。

では、古い日記の続きを。

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その13「ああ情けなや」(2000年5月10日)

 相変わらず「見習い」の日々です。ただ、自分の社会人としての基礎の部分で「足りないな」と痛切に感じる瞬間があったのでここで報告しておきます。それは、先輩に頼まれて、ある代理店の社長宛に書類を届けに行った時のことです。その代理店には先輩に連れられて1度だけ顔見せには訪れたことがあったのですが、まだ「顔を覚える」という段階にはありません。しかし、まったく初めての訪問というわけでもありません。「どうしようかなぁ、中途半端だなあ」とは思っていたのですが、車を運転しながら自分なりにはシュミレーションしていたのです。

 以下、その現場でのやり取りです。

あなぐま「失礼しまーす。」
(社長の席を確認するも席にはいない)
社員「・・・なにか?
(別のスタッフとの話を中断してこちらを向く)
あなぐま「すみません。社長はいませんか?」
(確かに社長と呼び捨てにしてしまったがその場では気づかず)
社員「失礼ですがどなたですか?」
(相手は怪訝な顔。名乗るタイミングを失敗。)
あなぐま「あ・・・
(あわてる)
「あなぐまと申します。社長さんにうちの○○の方から預かり物を届けに来たのですが・・・」
社員「じゃあ、預かっておきます。」
あなぐま「よろしくお願いします。失礼します。」

僕が失敗したなと思うのは、
①相手から先に話し掛けられたこと
②社長の名前を確認しておかなかったこと
③名乗るタイミングを間違えたこと
 などなど

 現場の空気は非常によろしくなかったので、気まずさゆえに私は早々にその会社を後にしたのでした。ただ「おはようございます。○○のあなぐまと申します。いつもお世話になっております。・・・社長さんはいらっしゃいますか?」という話し方は、まるで電話と同じなような気がするのです。目の前に相手がいるので、何か違う話し掛け方があるはずです。でもそれほど親しくもなく、でも初めてでもない。うーん、難しい。

 <-今思えばその通り!イイ線いってるよ。たとえば「あのう・・・」「よろしいですか?」などの言葉を使ってみよう。

 ちなみに電話での応対も、自分ではうまくはできてないと思っています。相手の名前をメモし忘れたり、身内に敬語を使ってしまったり、ちょっとした言葉(申し訳ありません、おはようございます、○○でございますねという確認など)が抜けてしまったり、と必ずひとつはミスしてしまってます。もしかすると、自分に緊張感がなかったり、謙虚さが足りなかったりするのかな、と反省するのでした。


その14「デビュー」(2000年5月13日)

  ついに「飛び込みセールス」をやりました!といっても、以前から個人的にリストアップしていた企業(30社くらい)の中から、5件を訪問しただけです。今回の訪問は「CMを出してもらうための話をする」というよりは「企業の本部の場所と広告担当者を確認する」「会社訪問に慣れる」「広告状況に関する知識を得る」「ごあいさつ」という4つの初歩的な目的だったので、「いつ、どれくらいの予算で、どんなCMを流しませんか?どうですか?」なんて話にはなっていません。

<楽しかったこと>
  自分の知らない企業を訪問して、それまでは知らなかった人とお話して、いろいろな情報を引き出すということがこれほど楽しいとは思っていませんでした。ある種「探検」に近いような感覚です。ここ数年味わったことのない「わくわくどきどき感」がありました。

<つらかったこと>
  先の回でも書いたように、言葉の使い方が十分じゃありません。やはり言葉の使い方がしっかりしないと「ビジネスの雰囲気」というのが生まれないような感じがしました。「人のよさそうなお兄ちゃんが、なんか話をしに来た」みたいな雰囲気の中で、たとえ話が弾んだとしても、実際にお金を出してもらえるのだろうか、と考えるとまだまだ自分は実力不足だなあと思います。

<困ったこと>
  セールストーク、という言葉がありますが、今の「いっぱいいっぱい」状態の自分は、世間話のひとつもできません。世間話ってどうやってするんだろう?という疑問があります。あと、地名・会社名・その他もろもろの市場に対する知識があまりにも少ないために、話題が続きません。困りました。

<予想外だったこと>
  一目みて「帰れ!」みたいな反応を1回くらいされるだろうと思ったのですが、結構皆さん、僕なんかの話を一生懸命聞いてくださるのが予想外でした。また1週間後くらいに訪問しよう!と思えるような訪問先が見つかったことはこの上なく予想外で、うれしいものでした。

また、この後の進展がありましたら、お知らせします。

***************************

TV-CMは高価です。(誰しも想像つくことですが)
どれだけ安く見積もっても、15秒CMを1本流して1万円。
きちんと番組の提供スポンサーになれば、
数十万~数百万円かかるのが当たり前の世界です。

一般論に終始すると、企業の広告費は売上の1%というのが定説。
年商1億円の飲食店があるとして、広告に掛けられる予算は100万円程度。
そこにはTV-CMではなく、看板やチラシ、雑誌広告、
最近であれば「フリーペーパーへの出稿」なども含まれます。

たった1回CMを流すだけで1万円も必要となるのですが、
たとえば10本流しましょうと決めて、いざ放送したところで
「TV-CMを見てお店に来たよ♪」
てなお客さんは皆無といってよいでしょう。
そもそもそのCMを見ることができるだけでラッキーなのですから。

業種や企業の方向性にもよりますが
少なくとも年商数億円規模の会社でなければ、TV-CMはありえません。
東京・大阪ならともかく、たんなる地方都市で
「年商数億円以上」で「まだTV未出稿」で「成長性がある」
この条件を満たす企業はそれほど数が多くないよ

と当時のあなぐまは語っています。確かにそのとおりなのです。


続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショックを読む
【2008/07/11 22:05】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】 【営業】

続・あなぐま就職自戦記[6]飛び込みセールス
困難な状況に直面したときに
「どう行動するか」で人の価値は決まる。



・・・8年前の私も、今の私も、そして8年後の私も
困惑し、悩み、落ち込み、でも少しの勇気と希望を持って
立ち向かっていける人間でありたいものだな、と最近感じます。

てなわけで、あなぐまのフレッシュマン日記・第6回です。

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その11「ひるんでいます」(2000年4月30日)

 「飛び込みセールスをします!」と目標を掲げてから約3週間が過ぎました。はじめはやる気さえあれば何とかなると思っていたあなぐまでしたが、現状はひるんでいます。

 テレビにCMを出すことができる企業、といって皆さんはどんな企業を想像しますか?ある程度のステータスを満たした企業というイメージはないでしょうか?実際にTVCMを流している企業をよくよく見ると、ある程度の従業員と売り上げがあって、業種にも限りがあって、ひとくちに言えば「名の知れた」企業に限られていることが分かりました。(当然例外もあります。)

 つまり「新規にTVCMをうつ」というシチュエーションはなかなかありえないことなのです。それよりは、企業との以前からのお付き合いが存在して、時期に応じてCMが出されるというケースの方が圧倒的に多いのです。もちろん新しい企業や新しい業種が生まれることもあるのですが、地方都市のマーケットはそれほど活気づいてはいません。

 <-そういう意味では、テレビ局の営業は「硬直化したBtoB市場」で展開されているのです

 つまり、地元企業で「CMをうつ可能性がある企業の数」には、限りがあるような気が私にはするのです。その限りある企業群のなかで、先輩の営業社員が全くノーマークで、これまでに全くコンタクトがない企業がいくつあるでしょう?なんてことを考えてしまうと、経験も知識も人脈も足りない自分に何ができるだろうと考え込んでしまうのです。そして、ひるんでしまっています。


その12「なんのこれしき」(2000年5月6日)

 ゴールデンウイークでちょっと間があいての更新です。前回の少々めげ気味の精神状況を打開すべく、本屋で手に取ったのが「飛び込みセールスの必勝法」というタイトルの本でした。さんざん悩んだ挙句、「どうせいつかはやるんだから」という方向に気持ちが傾いた結果でした。

 <-すぐ本や事例に答えを求めてしまうのは私の悪いクセ?“自分流のアレンジ”を意識してはいますが・・・

 内容そのものは、学習教材のセールスマンとして優秀だった著者が、家庭への訪問販売を想定して自分の経験をまとめているものです。僕には直接関係しない部分も多かったのですが、セールスには「成功セールスイメージ」が大切だそうで、そのイメージをこの本がきっかけで考えるようになったのは大いなる収穫だったといえます。その他にも「断られた経験が多いセールスマンほど成功する」という言葉にも励まされたような気がしました。少し勇気が湧いてきました。

***************************

実際、テレビ局の営業は非常に特殊です。
目に見えない「電波」を切り売りして、正価はあってないようなものだし、
視聴者はあまねく人々なのに、クライアントはごく限られた人たちだけ。


皆さんはどれくらいの規模の地方企業ならCMを出せると思いますか?
売上が何億円?従業員は何人くらい?業種は?特徴は?
・・・答えは次回の日記で。





続・あなぐま就職自戦記[7]新人営業マンの失敗を読む

テーマ:就職活動応援 - ジャンル:就職・お仕事

【2008/07/10 21:47】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【営業】 【おすすめの本】

続・あなぐま就職自戦記[5]どこまでも貧乏性な男
きのう、きょうは東京。
先週あたりから、息の抜けない日々が続いています。
体調管理だけは気をつけないと・・・。

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その8「くりかえし」(2000年4月18日)

 仕事に少し慣れて、やや二日酔いぎみのあなぐまです。

 実は少し困った問題が起きました。それは、現在の僕がまだ「試用期間」で、半年後の本採用のときにどの部署に配属されるかが分からないことです。はじめは「報道部じゃないのかあ。」と思っていた私ですが、いざ営業部に配属されてみると、せめてこの分野で2、3年は働いて、それなりの知識と技術と経験を身につけたいなと思うようになりました。しかし半年後も営業部に残れるという保証は全くありません。ではこの半年間の目標を何に置くかと考えると、それはすごく難しい問題です。気持ちの中では少しでも早く担当を持つ準備をして、試用期間の半年の間にもやりたいことがたくさんあるのです。

 <-「バリバリ働かなくてもいいよ」と言われると大半の人は喜ぶのに、貧乏性なワタシ。

 しかしながらまだ配属されて1週間足らず。あせっても仕方がないのは十分承知しているはずなのですが、昨日あたりから何だか落着かない日々を過ごしています。先輩には「ゆったりできるのは今のうちだけだから、いろいろなことを学んだり考えたり質問したりする時間だ」とのアドバイスをいただきました。ちなみに世間のニュースでは「自分の希望する部署に配属されず、自分の人生が狂わされた」という理由で上司を逆恨みして事件を起こす人もいるようです。あくまでも企業は団体なので、自分の希望が通らない場合もありますよね。でも、自分が半年後にどの部署に配属されることになるのか、やはり心配です。なんだか入社前に悩んでいたことの再現みたいですが、もしかしたら、サラリーマンを続ける限りずっと考え続けていかなければならないことなのかもしれません。


その10「いただきました初任給」(2000年4月25日)

 やりました!ついに初任給をいただきました。金額は具体的には申し上げられませんが、自分としてはかなり多いほうだと思っています。ちなみに4月分は日割りだそうで、1ヶ月分の約3分の2が支給されました。

 ところで、ふとした疑問が生じました。というのもこの給料は何に対して支払われたのか、ということが分からないのです。この3週間は研修で、人の話を聞いて、いろいろな現場にお邪魔して、地元の道を覚えるということぐらいしかこなしていません。営業部に所属しているのに1円も稼いでいません。それでも給料はいただけるのです。(そりゃ貧乏な私にはうれしいことなのですけどね。)しかし例えば6ヶ月先、自分が担当を持ってバリバリに仕事をして、放送局のためにいくら稼いだとしても、今と同じ給料が支払われることになるのです。

 <-親が最近、自営業から雇われの身に変わり「それが企業の良さだよ」と思い知る。

 個人事業主の感覚からすれば変な感じがします。私は親が自営業なので、今の自分のように一生懸命やってはいるけれど、仕事してお金を稼ぐということができていないという状態なら収入がないのが当然だと思ってしまいます。学生のアルバイトでも研修期間の給料は安く抑えられているのが普通ですし、労働時間が増えて仕事を覚えればそれに見合う役職給や時間給がついてくるのが当然です。これから先忙しくなって、どれだけ会社に貢献をしようが1年間は同じ給料なのも不思議です。そして99%の人が2年目もほとんど変わらない給料をもらうことになるのです。良く考えてみればおかしな制度です。

 ただいますぐ「出来高払い」制のようなものを導入しても、今月の自分は会社にお金を払わなければならない(車も使わせてもらって、パソコンも支給されてなどなどという)状態なのでそれも困るんですけどね。これもそのうち当たり前に思うようになるのでしょうね。何となく複雑な心境のあなぐまでした。


続・あなぐま就職自戦記[6]飛び込みセールスを読む


【2008/07/03 22:20】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[4]お待ちボタンに感動
今週は本業がけっこうタイト。
あまり有意義な更新もできず、ずるずると古日記に頼るふがいなさ。
職場の冷房で体もまいってます・・・。

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その7「1週間は早いもんだ」(2000年4月15日)

 この1週間はあっという間に過ぎてしまいました。朝9時半に出勤して、ほんの少し作業をして、ほんの少し外回りのお供をしたらもうお昼です。昼食をとって、外回りの続きをしたり、調べものをしたりするうちに、オフィスのテレビから「夕方ニュース」の映像が流れはじめ、放送が終わる頃には仕事が終わります。家に帰っても何をするということもなく時間が過ぎ、寝て起きたら出勤です。早く余裕を見つけて、すきまの時間を有意義に使えるようにならなければ、とちょっぴりあせるあなぐまです。

 <-仕事のことを「作業」って言うのはやめようね。愛が感じられないから。

 さて、この1週間でずいぶん仕事のことが分かってきました。と同時に「なるほど!そういうことだったのか」と、TVの裏側が見え始めたような瞬間があります。皆さんが何気なく見ているTVCMは、誰がどんな作業をして放映されているのでしょうか?少しお話しようと思います。

 広告主である企業は、TVCM以外にもたくさんの広告を打っています。新聞・雑誌・ラジオの広告・折り込みチラシ、ダイレクトメール、求人広告などなどです。それらすべての作業を企業の広告担当者が取り仕切るのは途方もない作業です。反対に、TV局が地元の企業、全国展開している企業のすべての広告担当者といちいち連絡を取って作業するのも、ものすごく大変なことです。

 そこで「広告代理店」という存在が必要になるのです。広告代理店は広告主体(企業)と媒体(各メディア)との仲介をすると同時に、広告の方法・内容などについての調整を行う役割を果たしています。もしよければ、お手元のタウンページに掲載されている広告代理店の数を数えてみてください。意外にたくさんの広告代理店が地域に存在することが分かると思います。

 <-これは全く同意。オジサン1人で切り盛りする代理店なんかも意外に生き残っている。

 CMの発注は代理店を通して行われます。いくらの予算で、どの時間帯に、どのようなCMを放送するかについて、放送局・代理店・広告主の3者で調整をした後に、CM素材(簡単に言えばCMのVTRのことで、この制作も代理店が行います)と放送時間が決定します。放送局は1日分のCMを一本のVTRにまとめて、番組のVTR、キー局から生で流れてくる電波などの間に切り替えをして放映しています。

 ちなみにTVで流れる「しばらくお待ち下さい」の映像は、CMと番組、その他さまざまな映像をスイッチングする際のトラブル(たとえばテープの入れ忘れなど)が発生したときに流すことが多いそうです。主調整室(マスター)と呼ばれる部屋の操作盤には「お待ち」というボタンが存在します。
まだまだお話したいことはいろいろあるのですが、別の機会にということで。

 <-ちなみにCM送出システムは「コルゲンコーワ」でおなじみの「興和」という会社製。意外でしょ?

***************************

営業にいた日々は焦燥感たっぷりだったし、
ずいぶんオカシナ行動もしてしまったけど
振り返れば「社会人の最初の配属先」が営業だったことは幸運でした。
もし卒業したての若者がいきなり報道の現場に出たとして
どこまで「世間」の目線に近づけただろうか・・・?と疑問に感じるから。


続・あなぐま就職自戦記[5]どこまでも貧乏性な男を読む
【2008/06/27 22:11】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

続・あなぐま就職自戦記[3]入社そして営業へ
「古日記」はいよいよ入社後の生々しいお話に突入。
ほどほどに端折りつつ、当時の心境や「研修」について記します。

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その4「やります!」(2000年4月3日)

 今日は入社式でした。まずはじめに、社長から辞令を受け取り、しばらくお話をして頂きました。あなぐまはこの社長と最終面接でお会いして「この人の可能性に賭けてみよう」と思ったほど魅力的な社長です。話の内容は、デジタル化を迎える地方局にとっては大変な時代になるが、さまざまに工夫をして地域の人々に貢献できる会社になりたい、といった主旨のものでした。

 ところで、私の配属は「営業部」になりました。最初は報道部だと勝手に思い込んでいましたし、このホームページをはじめとして、これまで自分がいろいろな人に「ジャーナリストになる」と宣言していた手前もあって、少し落ち込みました

 <-こんな思いをする新入社員は数多く存在するわけですね。お気をつけて。

 しかし、あなぐまがやりたいことは「現在軽視されている地域のニュースは、実は大切な情報なので、よりたくさんの人々に知って欲しい」ということなので、そのための土台としての「放送局の収入源」である営業部はものすごく大切な部署です。勉強させて頂こう、という風に気持ちを切り替えることにしました。今週1週間は、さまざまな部署の責任者の方からお話をいただいてます。役に立つ話ももちろん多いのですが、じっと座っている時間がほとんどなので結構疲れます。


その5「放送局はややこしい」(2000年4月8日)


 1週間の研修が終わりました。まず驚いたことが、放送局の組織がものすごく大きく、多岐にわたることです。細かい部署だけで20以上あるのですが、全体の社員数は100人ちょっとです。つまり一人ひとりの果たさなければならない役割がものすごく広く大きい、ということなのでしょう。(以下略)

 <-まさに井の中の蛙?!私の今の職場は組織図がA3で豆粒のような文字。


その6「目標ができました」(2000年4月11日)

 営業部に配属されて、2日が過ぎました。現在の主な仕事は、営業に関する知識を勉強することと、先輩の運転手と務めることのふたつです。社内にいるときは、いろいろな資料や文書を見ては、わからない部分を質問して勉強しています。また、電話を取るのも仕事の一つですが、まだあまり上手くはありません。社外に出るのは、先輩の得意先回りの「おとも」をする形で運転手を務めます。運転をしながらいろいろな話を聞いたり、地理を覚えたり、得意先に紹介していただいたりしています。

 <-この「おとも」運転が、のちに報道ですごく役立つのだから人生分かりません。

 営業部の雰囲気はものすごく良いです。たとえば先輩が後輩に無理やり酒を勧めたり、宴会芸の一つでも覚えなきゃいけなかったり、 といった典型的な「営業のイメージ」のようなものが、私の頭の中に何となく存在していたのですが、全くそんな気配はありません。

 ただ「営業部のあなぐま」はとりあえず6ヶ月の試用期間の間だけで、その先営業に残るか、他の部署に配属になるかは分からないそうです。よって、よほど僕が頑張らない限りは自分の担当を持つことはなさそうです。では私はこの半年間で何を目標に頑張るのか。自分にプレッシャーをかけるためにも、ここで宣言しておこうと思います。それは「飛び込みセールスをすること」です。以前からお付き合いのある代理店やスポンサーを担当するという形ではなく、自分で「新規開拓」ができるように、知識をつけ、先輩のテクニックを盗み、礼儀を勉強し、地理を覚えて、プラスアルファの何かを身につけていこう、というのが目標です。

*************************

新しい環境に不安を覚えつつも、
(自分に言い聞かせるように)ポジティブであろうとする
そんな当時の私のココロ模様がうかがえます。

・・・しかし読みづらい文章だなあ。

どうやら論理的に書こうとするあまり
「接続詞を多用すればよい」と勘違いしていた
ようです。
本来、文章の順番と流れがしっかりしていれば
接続詞はほとんど必要ありません。

それから「・・・ことです」という文章も
使い方によってはムダに文章を長くします。
今だったらこんな感じにしますけどね。

<例>
1週間の研修が終わりました。まず驚いたことが、放送局の組織がものすごく大きく、多岐にわたることです。細かい部署だけで20以上あるのですが、全体の社員数は100人ちょっとです。つまり一人ひとりの果たさなければならない役割がものすごく広く大きい、ということなのでしょう。

<添削案>
1週間の研修が終わりました。「放送局は組織が大きくて内容も多岐にわたる」と知ったのがいちばんの驚きでした。細かい部署が20以上もあるのに、全体の社員数は100人ほど。「一人ひとりの果たすべき役割が大きく、仕事の範囲も広い」ということなのでしょう。

2018年の私が読んで、どう感じることやら。


続・あなぐま就職自戦記[4]お待ちボタンに感動を読む

【2008/06/26 20:53】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】 【営業】

続・あなぐま就職自戦記[2]入社前研修
今回は入社前のビジネス研修のお話です。

******************************

その2「研修って何でしょう?」(2000年3月22日)

 昨日、新人研修の資料をもらいました。3月末に開催されるリクルート主催の「FBC研修」という3日間の研修です。他の会社の新入社員と一緒に、ビジネスマナーの基礎や社会人としての心構えを学習するイベントのようです。あなぐまはこういう「実用的な学習」っぽいことが大好きなので、今から楽しみです。

 「あなぐま放送」が独自に行う研修についてはまだ詳しく聞いていません。ただ合宿形式みたいなものではなくて「顔見せ研修」といって、各部署の責任者や先輩にお話をうかがう、という内容らしいです。去年の会社説明会ではたしか「一週間で現場に出る」というようなことを言っていたように思います。ですから「顔見せ→配属決定→現場」という感じになりそうです。わくわくどきどきします。

 <-普通の放送局はもっと研修が長い。この時気づいていれば・・・

 たぶん新入社員なら誰でもそうであるように、私も新しい生活に期待と不安でいっぱいです。仕事そのものはがむしゃらに頑張ればいいだけなので不安は少ないのですが、学生時代の蓄えがほとんどない私のもっぱらの悩みは「お金がない」ことだけです。(これも新入社員の多くの人の悩みなのかも?)


その3「ビジネスの基礎です」(2000年3月30日)

 卒業式も終わり、いよいよ研修が始まりました。今日は3日間の研修の2日目が終わったところです。この研修を受ける前には「ビジネスマナーを覚える研修」くらいにしか認識していなかったのですが、中身はちょっと違いました。

 まず、自己紹介の後に「資料の作成」と称して、いきなり共同作業をします。私は5人組のグループなのですが、研修を通して使うたくさんの資料を自分達で必要部数集めて、ボックスファイルに適切にまとめて、別の班に納品するという設定です。どのグループも一生懸命やるのですが、時間設定を細かく気にせず流れの中で作業してしまいました。つまり「納期遅れ」になってしまったのです。確かに、学生が厳密な時間に追われることは、社会人に比べれば少ないのですが、自分の認識の甘さを思い知らされました。

 <-社会人になって気づく。これは非常にスタンダードなビジネス研修。

 ビジネスマナーに関するレクチャーもあるにはあるのですが、グループワークによる共同作業を通して社会人としての集団での働き方、のようなものを体験するのがほとんどでした。それはそれで楽しいのですが、個人的には「クレームの処理」だったりとか「手紙の書き方」といった実務をもっと勉強したかったなあ、というのが率直な感想です。

******************************

社会人になると遅かれ早かれ
「納期意識」なるものを叩き込まれます。
納期をしっかりとこなしつつ、自分らしい要素を仕事に盛り込むには
社会人になってからの訓練も重要ですが、学生時代の素地も大切です。

あの日一緒に研修を受けた工員さん。
どこで何しているのやら・・・。



続・あなぐま就職自戦記[3]入社そして営業へを読む

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【2008/06/24 22:40】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
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続・あなぐま就職自戦記[1]新人の私がそこにいた
人には誰でも「黒歴史」なるものがあります。


週末。
PCの古いファイルを何気なく探索すると
「就職したばかりの頃の私が書いた日記」が見つかりました。


おお。そういえばこんなのも書いてたな。
当時の生の声だからすごく貴重だ。
・・・そうだ!
これを加工して「あなぐまのマスコミ塾」の
教材としてぞんぶんに活用しよう。



そんなことを思ったのですが、何が「黒歴史」かというと
当時の私、なんと実名(!)で日記を公開してたんですね。
すっかり忘れてました。

トップページに姓名も放送局名も完全に晒して
約1年、60エントリ近くも赤裸々な想いを綴っていました。
ブログの「ブ」の字も一切無かった2000年のお話です。

・・・まさに怖いもの知らず。

「当時の上司はどう思っていたんだろう?」
社会人9年目の私から見れば冷や汗の出る話です。


とはいえ、文章そのものは貴重です。
固有名詞などは伏せつつも
「大学を出たばかりの1年生な私」が感じていたことを
できる限りそのまま掲載したいと思います。

※私の文章力が上がったかどうかはさておいて、
読み返すと非常に「下手な」文章が多々あります。
ところどころ、9年生のあなぐまがツッコミを入れます。



*************************
その1「自己紹介です!」(2000年3月19日)

引っ越して3日が過ぎました。部屋の中がずいぶん落ち着いたので、ようやくホームページ製作に取りかかったところです。

さて、簡単に自己紹介から。私あなぐまは、ホニャララ県の出身です。(以下略)なぜ「あなぐま放送」に就職したのか、という理由ですが、簡単に言うならば「ご縁があった」ということだと私は思っています。ですから私はこの会社に惚れている、といっても過言ではありません。その延長線上にこのホームページを作ろうとしたきっかけもあります。話せば長くなりますので、続きはそのうちということで。

 <- 接続詞の使い方がぎこちない⇒文章はもっとスリムに

このページのコンセプトは「あなぐまが放送局に就職して、仕事の中で感じたことをお伝えする」ことです。僕と同じように将来ジャーナリストを目指す方々や、同じ業種の方々を中心に、ホームページ上ではなかなか見ることのできない「放送局員の日常」を一緒に体験していただければ幸いです。仕事でもホームページでも、どちらにおいても私は新人です。ですから、さまざまな問題がこれから先起こるかもしれません。未熟さはどうぞご容赦いただいて、お付き合いください。

 <- 8年前も同じこと言ってんのね、私ったら。(照

さて話は戻ります。
私が現在不安に思っていること、それは「4月にどの部署に配属されるのかな?」という問題です。私の目指す将来の仕事は、日本における地方の存在を今以上にアピールすること、伝えていくことだと思っています。つまり、放送局の「報道」の仕事がやりたくてこの会社に入りました。しかし放送局には「報道」以外にもたくさんの部署があります。私は「一般職」での採用なので、どの部署に配属になるかは自分では選べません。

私の気持ちは二つに分かれています。

ひとつは
放送局でいい仕事をするためには、「営業」「編成」「制作」その他、なるべくたくさんの職種を体験し理解して、その上で自分のやりたい仕事をやるべきだ」という思いです。

もうひとつは
いい仕事をするためには、若いうちからひとつの部署でずっと頑張って、その道のプロフェッショナルになるべきだ」という思いです。

この二つの思いで日々ゆれています。ただ自分の思いとは別に、4月になれば配属先は決定されるので「考えてもしょうがない」というのが今のところの結論です。
*************************


「実際問題、希望する部署で働けるとは限らない」
というエントリでも書きましたが
学生時代は「自分が希望する部署以外で働く姿」を想像できないので
それほど切迫感はないのかもしれません。

しかし企業で働けば、このような不安は尽きることはありません。
会社の人事異動だけは個人の意思ではどうにもなりません。
私も身をもって知りました。(今も同じですが)

でも長い人生、山も谷もあって、思いどおりになっている瞬間よりも
思いどおりにならない状況の方が圧倒的に多い
というのが真実です。
いつか来るであろうチャンスを待ちながら、
ポジティブに力を溜めるべきだったんだなぁ・・・と思います。

次回は研修の話です。


続・あなぐま就職自戦記[2]入社前研修を読む

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【2008/06/23 23:00】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(1) 
tags:【体験談】

あなぐまの就職自戦記(16)情報の飢えが疾走を生む
前回、前々回のエントリを要約すると
・ネット世界は私たちに「情報を等しく入手できる環境」を与え、可能性を広げてくれた
・大切なのは情報を「知る」ことではなく「生かす」こと。でもこの手段に“正解”はない

ということを主に書いてきました。

あなぐまは、田舎、しかも離島の出身です。
地元には高校がないため、15歳から島を離れひとり暮らしをしてきました。
父は漁師で、母もふつうの主婦。決してインテリでもなく、裕福な家庭でもありません。
漁師に大切な素質を考慮すると、地元で素晴らしいともてはやされるのは
「運動ができる子」や「声が大きく活発な子」であって、
「本やテレビに興味を持ち、物事を調べたり考えたりするのが好きな子」ではありません。
高校がないくらいですから、本屋さんも当然ありません。(テレビの民放も当時少なかった)
都会に遊びにいくと、必ず3時間4時間と本屋で立ち読みするような子供でした。
学校でイジメに遭うと、父親に「ケンカをしてこそ1人前だ」とけしかけられる始末。
当時は自分のアイデンティティ確立にずいぶん苦労しました。
時には「もっと良い環境があるはずなのに・・・」と出自を恨んだりもしました。
(そんな中両親が自分を大学まで進学させてくれたことを、今はとても感謝していますが)

ところが最近、
「このバックボーンがあるから、今のような考え方ができるようになったのかな?」
と気づかされる本を読みました。
マスコミ志望者の皆さんにもぜひ読んで欲しい
梅田望夫さんの「Web進化論」「Web時代をゆく」の2冊です。

簡単に紹介すると、梅田さんは
シリコンバレーでのコンサルティングやITプロジェクトの経験をもとに
「Web2.0時代をどう生き抜くか」をこの2冊で書いていらっしゃいます。
全てを説明するのはとても難しいので、梅田さんのブログを紹介しておきます。

My Life Between Silicon Valley and Japan
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/

ここでは「高速道路」論を少し引用します。(かなり有名ですが・・・)

これでもかこれでもかと厖大な情報が日々ネット上に追加され、グーグルをはじめとする恐ろしいほどに洗練された新しい道具が、片っ端からその情報を整理していく。いったん誰かによって言語化されてしまった内容は、ネットを介して皆と共有される、よって後から来る世代がある分野を極めたいという意志さえ持てば、あたかも高速道路を疾走するかのように過去の叡知を吸収することができるようになった。これが「高速道路の整備」の意味である。(中略)全体のレベルが上がっていることは間違いない。しかし、多くの人が次から次へとあるレベルに到達する一方、世の中のニーズのレベルがそれに比例して上がらないとすれば、せっかく高速道路の終点まで走って得た能力が、どんどんコモディティ(日用品)化してしまう可能性もある。一気に高速道路の終点にたどりついたあとにどういう生き方をすべきなのか。特に若い世代は、そのことについて意識的でなければならない。

梅田望夫「Web進化論」P214~216を引用


まず、すごく浅い解釈から入りましょう。
就職活動で言うと、1次面接と最終面接の違いも似たような話で説明できます。
序盤の面接には確かにある種のセオリーが存在します。
「こうすれば受かりやすい」というキャリア、論点、話術、ふるまいがあるでしょう。
皆さんはネットの高速道路を使って、短時間でそれを吸収することが可能です。
しかし最後の面接は常識的な答えをしたからOKというわけではありません。
企業が求めるのはオリジナリティと創造性、あなたらしさ(それを紡ぐ表現手法)です。
ここでは、就活サイトで培った常識はかえってマイナスになってしまうかもしれません。

(もっとも競争率の高いマスコミ(テレビ局)就職では、ここまでたどりつくこと自体が
非常に難しいです。だからこそ私も高速道路の一端を担っています)

「高速道路が整備されているのは知っているし、眺めたこともある。
やっぱりマスコミ就職は難しいんでしょ?別に自分はそんな苦労したくないから
ほどほどの準備で受験するよ。受かればラッキー!くらいのつもりで」というあなた。
高速道路は誰だって使えるんですから、精一杯疾走すればいいじゃないですか!
「ネットを見ただけで行動した気になっている」のは、ずいぶんもったいない話です。
「他人の物言い」を丸呑みして「自分の物言い」にしている人はいつか馬脚を表しますが、
「収集→整理→消化→行動」の4ステップを地道に実践する人は着実に成長します。

ただ1つ「自分が高速道路を走っている自覚」がなければ危険だということは強調します。

これは就職活動に限った話ではなく、かつての私も、今の私も意識し続けていることです。
地方局(しかも人員不足)の記者が、取材の下準備に使える時間は豊富ではありません。
電話や文書をあたれば数時間かかる「基礎情報の収集」を
数分で可能にしてくれるインターネットにはずいぶんとお世話になりました。
しかし、それを鵜呑みにしてそのまま記事を書くのはとても危険です。
「大切な情報」は、どんなに些細なことでも口頭やメモでウラを取らなければいけません。
うかつなネット情報の転用で冷や汗をかいたり、訂正を出したことも何度もあります。

情報の入手は大切ですが、それを疑うこともまた大切です。
実は情報というのは、大量に仕入れれば仕入れるほど、
「本当の理解から遠ざかり、誤解に近づいてしまう可能性」も秘めているのです。

たとえばニュースなどの情報から「中国という国、あるいはそこに住む人は信用できない」
という印象を持っている人は多いかもしれません。
しかしあなたが記者だとして「中国籍の○○さんを取材する」という場面で
本人と会う前からそんなバイアスを心に秘めて接し、会話するのはナンセンスです。
(ましてや、そういった方向に意見を誘導するなどもってのほか)
1対1のコミュニケーションはその都度相手を受容し、自分を変容させる必要があります。

梅田さんは「高速道路を降りた先の“けものみち”」という表現を使っていますが
報道取材やドキュメンタリー制作でも、けものみちを切り開く力がとても重要です。
思い描いたストーリー・ロジックどおりに事実は決して進んでいかないからです。
しかしそこには何らかの意味やメッセージが確実にあります。切り取り方はあなた次第。
かつては「情報をたくさん知っていること」が記者・ジャーナリストの一番の能力でしたが、
これだけ情報があふれる時代にあっては、求められる能力は確実に変化していて
「情報の高速道路とけものみちを上手に使い、最短時間で最適なメッセージを紡ぎ出す」
という能力が必須ではないのかな?
と6年の経験の中で感じました。

「才能とは情熱を継続する力である」とは棋士・羽生善治の言葉ですが、
この高速道路とけものみちを疾走するには、渇望にも近い情熱が必要だと感じています。
あまり自画自賛するのは好きではありませんが
「子供の頃にネットがあれば、私の人生は変わっていたのでは?」と私は時々夢想します。
情報格差いちじるしい田舎でもがいていた少年時代の記憶があるからです。
しかし、あの頃の「情報に飢え、希求する経験」があったからこそ、
人生最初の就職先にテレビ局を選び、相手にも選んでもらえたのではないか?
すごく大変な仕事だったけど、喜びを見出しながらチャレンジし続けられたのではないか?
そして退職した後も「情報と人」をキーに物事を考え続けているのではないか?と
梅田さんの本を読んで自分を確認できました。頭を整理してくれた梅田さんに感謝です。

子供の頃は30歳を過ぎたあたりから「確固たる自分」ができあがってくると思ってました。
ところが私は「いつも自分は間違っているかもしれないと思い続ける」傾向にあり、
「世界の行く末や目の前の相手の思いなど、さまざまな状況を判断して
その都度モードを変えながら生き抜く」というのがパーソナリティのようです。
よく言えば適応力が高い。悪く言えば日和見主義・ご都合主義。
そして周囲への感謝を忘れず、1日1日を着実に“可能な限り有意義に”過ごしたいと願う。
こういった姿勢が放送局には向いていたのかなと今になって思います。

ということで「あなぐまの就職自戦記」シリーズは
このあたりでお開きにしたいと思います。

・・・次はどんなこと書こうかな?





続・あなぐま就職自戦記[1]新人の私がそこにいたを読む
【2008/02/14 22:27】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】 【志望動機】 【おすすめの本】

あなぐまの就職自戦記(15)情報を知るだけでは不十分
昨日の続き。「情報過多」が突きつける課題についてです。
2年前の春、私が放送局を辞めた頃のお話をしましょう。

辞めてからしばらくゆっくりしようと思っていた私は、
ネットサーフィン(もはや死語?)に一時期どっぷりハマってしまいました。
2ちゃんねるの就職スレを運営するかたわらで、動画コンテンツやwikipedia、
「笑えるネタ」的な画像・読み物、各種掲示板のチェックなど、いろんなサイトを見ました。
例えば、かつて大好きだったテレビ番組がYouTubeにアップされているのを発見する。
発見したときは「懐かしいなあ・・・どれどれ」とちょっと眺めるつもりだったのに
最後まで見てしまい、さらに「おお!こんなのもあったな・・・どれどれ」とまた次へ。
窓の外を見るといつのまにか陽が落ちていて「私は1日何をしてたんだ?!」と落ち込む。
こういった経験をしたことがある人、いませんか?

つまり大切なのは、
①なぜ情報を集めるのか(集めること・眺めること自体に一種の娯楽性があります)
②どんな情報を集めるのか?(普遍情報・固有情報)
③どれだけ情報収集をしてどこで止めるのか
④集めた情報をどうするのか?

この4つなのです。

情報を網羅できて、かつ一瞬で探し出せるのは、ネットの最大の強みです。
有形の単行本や雑誌であれば、発行に手間がかかる上に完結しているため、
このようなことはあまり体験できません。必ず「限界」があります。
ところが、リンクが生み出す「情報の連鎖的発展」は、有益であると同時に
危険な要素もあわせ持っています。「情報に埋もれてしまう」可能性です。

人は、情報を得る行動(インプット)をしたら、その情報を自分の中で消化・活用して
今後の行動に生かす(アウトプット)ことをしなければ意味がありません。


テレビをたくさん見る。関連情報にやたら詳しい。楽しむだけならそれでもOKです。
しかしテレビ番組を作る側に回るのであれば、それだけでは全く足りない。
番組だけではなく、言語・映像・心理・社会制度・時事などあらゆる分野にアンテナを広げ
かつ収集したものをうまく整理して「自分だけの価値観」を作り上げることが大切です。
そして(ここが一番重要なのですが)その価値観を実際の創作物や行動に転化して初めて
「情報を有益に活用した」といえるのです。「知る」だけでは不十分です。


就職活動に話を戻しましょう。
大半の人は初めて就職活動なるものを経験します。もちろん不安が多い。
「どうすればいいんだろう?」というのが情報を探し求める動機の原点だと思います。
本を読み、ネットで検索し、フォーラムやmixiでいろんな人と交流すれば、
玉石混交・種種雑多な大量の情報を短時間で収集できます。
「ふむふむ・・・分かったぞ」と、そこで満足してはダメなのです。
①収集→②整理→③消化→④実践のステップをきちんと踏んでこそ意義があるのです。
情報をそのまま丸覚え丸呑みするのではなく、その裏にある論理性(法則と言い換えれば
分かりやすいかもしれません)を見つけ、学び、行動に移すべきだと私は考えます。


この②→④をどう実践するか?は、人それぞれで正解はありません。(私も手探りです)
②集めた情報から「信頼性が低そうな情報」「しっくりこない情報」は切り捨てる
③選んだ情報を「カテゴリ分け」「ロジックツリーの作成」「MECEの検証」などで整理する
④自分が実践しやすい(吸収しやすい)ように「シンプルにする」「小さくする」「記録する」
たとえば私はこんな手順を好みますが、もっと良い方法はないかといつも悩んでいます。
※言葉の意味がわかんないぞ?と思った方は、それこそネットで検索!

就職活動支援系のブログの中には
「エントリーシート添削」や「面接・こんなときどう答えればいい?」みたいな
ダイレクトなコンテンツも多々ありますが、この手のものは書き方が非常に難しいです。
「こんな質問をされたとき、どう答えればいいと思いますか?」と言われても
その人の状況や質問の経緯、何より「ねらい」がはっきりしないからです。
一般的な状況を想定して「自分だったらこう答えますよ」というのは示すことができますが
必ず役立つとは限りません。私はその場にいませんし、その人ではありませんから。

(当たり前の話ですが)面接官が望むのは決して
「就職活動に詳しくて、望ましいキャリアを持ち、望ましい回答をする人」ではない。

そんなものは過去の経験談と推測が生み出した幻想にすぎないと思ってもいいでしょう。
もちろん最低限のルールや法則性、常識、大多数が当てはまる傾向などはあります。
それを知り、身につけることは大切ですが、最後は“オリジナリティ”の勝負なのです。
特にマスコミ就職の場合「就活の常識を逆行する行動」が功を奏する場合さえあります。
どちらかといえば「困る」ことは素晴らしいことで、その都度わが身をもって体験する中で
経験を知恵に昇華できるようなメソッドや考え方を志望者に身につけて欲しいと思います。

だから私のブログを見て「それが答えだ」と無条件に信じ込まず、
「そうかな?自分ならどうだろう?」と考えるヒント・補助手段として活用していただければ
と思っております。

もうちょっとこのお話を続けさせてください。


あなぐまの就職自戦記(16)情報の飢えが疾走を生むを読む

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【2008/02/13 21:08】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

あなぐまの就職自戦記(14)誰にでも可能性は等しい
これまで「就職活動ノウハウ」的なものばかり意識して書いてきましたが
実は概念論・精神論的なところが、あなぐまの中で非常に大きなウエイトを占めています。
ネット世界では「お説教的な、抽象的な文章」はあまり好まれないかな?という危惧と
ブログ開設当初のSEOという側面でのクエスチョンがあったので自重してきましたが、
自分なりの思うところをしばらく綴っていきたいと思います。
(長くなりそうなので、複数エントリに分けます)


私はこのブログを書く理由を「マスコミ志望者を応援するため」だと書きました。
「応援」には2つの意味があります。
①私の見識や経験談を披露して、ノウハウが必要なら活用して内定に結びつけて欲しい
というのは非常に直接的な意味合いで、分かりやすいですね。
その一方で、
②私の考えを、自身の「マスコミ論」「情報論」「仕事論」を考える際のヒントにして欲しい
という間接的な目的は、なかなか1エントリで書ききれないですし、
「必勝法」的意味合いも薄いので、皆さんのニーズがあるかどうかも少し疑問です。

しかし私がマスコミ志望者に本当に吸収して欲しいのは、①ではなく②なのです!

たとえば「マスコミとは」「マスコミが果たすべき役割とは」「テレビ局の現在と未来」
「社会における情報の伝達と効果」「あるべき情報モデルとは」「そもそも仕事とは」など
さまざまなテーマがありますよね。
その1つ1つに自分なりの思いやロジックを磨いてゆき、実際に体現してゆく先にこそ
「チャンスが生じるはずだ」と考えているのです。

まず強調したいのは「誰にでも可能性は等しい」ということです。

手始めに、こんな質問をしましょう。
就職活動で必要な「情報」とは何だと思いますか?


簡単にあげるとこんなところでしょうか?
・会社の特徴(人員数・売上・業務内容・福利厚生・人材活用等)
・求められる人材像→それに伴う「なるには」的ノウハウ
・採用活動の実態(スケジュール、実績など)
・「成功談から推測する」成功率の高い、人物像・知識・経験談、そのPR手法

私が受験した頃、あるいはそれ以前であれば
就職にまつわる情報は紙媒体中心で、情報公開もあまり進んでいませんでした。
キー局と地方局の採用実態は大きく異なりますが、地方局の情報は実に乏しく、
私はキー局のそれを参考にしながら「想像・想定」で準備を進めていました。
もっと詳しく事実を確認したいのであれば、直接人事担当者に聞くか
もしくはOB訪問などを通じて話を聞くのが近道だったんでしょうね(当時は)。
ましてや「求められる人材像」「うまくアピールできそうな経験談」などの情報はおぼろげで
各受験者は思い思いの方法で、手探りで就職活動をしていたという印象があります。

「彼を知り、己を知れば百戦して危うからず」とは孫子の言葉ですが
就職活動に限らず、戦いの勝敗における「情報」の比重はとても高いといえます。
情報を知っている人物と知らない人物とでは「行動」が異なってくるからです。
その点では「情報が閉ざされていた時代」はチャンスが平等であるとは決して言えず
たとえば「テレビ局に親戚がいる」「先輩がたくさんいる」などのバックボーンを持つ人物が
他の志望者より勝ち易い状況にあったとしても不思議ではありません。

ところが情報化社会の深化は、この格差をいとも簡単にフラットにしてしまいました。
少なくとも現在の状況では、テレビ局に関して「手に入らない情報」などごくわずかです。
「就職読本」的な紙媒体の充実もさることながら、
現役局員のブログ、各社が出している就職情報、受験者の体験記、2ちゃんでのうわさ話、
みん就のフォーラムなどにおけるほぼリアルタイムに近い採用活動報告など
ネット世界に情報があふれているからです。
いまや「情報を知りやすい環境に身をおいているかどうか」が勝敗のカギではなく
「情報をどれだけ積極的に入手し、どれだけ上手に整理して自分のものにしているか」が
勝敗を分けるカギになっています。


大切なのは「熱意」と「行動」です。
あなたがその気になれば、必要な情報はほとんど手に入るはず。
つまり、可能性は誰にでも等しく開かれているのです!

皆さんのチャンスを広げる一端として貢献できれば本望だと思い、
私はこのブログを運営しています。

しかし、情報過多の状況はまた別の課題も生み出しています。
(つづく)


あなぐまの就職自戦記(15)情報を知るだけでは不十分を読む

テーマ:就職活動応援 - ジャンル:就職・お仕事

【2008/02/12 22:26】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

あなぐまの就職自戦記(13)細かすぎて伝わらない就活の知恵2
昨日は親戚のおじさんとお別れをしてきました。
月並みですが、全ての生命は有限であり、いつかは誰もが亡骸になってしまうのです。
残された私たちは貴重な「今」に感謝を忘れることなく、一歩ずつ精一杯生きなければ・・・と
思いを新たにしたのでした。

さて、前回の続きです。

◆OB訪問しないと不利?リクルーターとの面接は判断材料になるの?

まずOB訪問ですが、あなぐまは就職活動中に1度も経験していません。
何せ縁もゆかりもないエリアの放送局が多かったですから・・・。
入社してから6年の間も、後輩からのオファーは特にありませんでした。
同僚のアナウンサーには年1人くらいでしょうか?アナウンスサークルのつながりで
学生さんが訪ねてきて、私も何人かご飯を食べてお話をしたこともあります。
でも結局「一緒に働くことになった人」は1人もいなかったんですよね。
学生の時はOB訪問をすると有利なのかな?と漠然と思っていましたが、
人事が介在しないフリーのOB訪問は、採用の有利不利とはまったく無関係ですね。
ペーペーの社員が人事に直接「この子を採用してください」と言えるはずもないです・・・。

ただし今の会社では、積極的にリクルーターが学生さんと接触するよう
人事の指導のもとで組織的に動いています。この場合は名簿もできあがるでしょうし、
先輩社員からの「印象」などについてレポーティングもされるでしょうから
有利・不利に関わってくる可能性はありますね。
いずれにせよ「OB訪問をする、リクルーターと接触する」
「会社のことをより理解できるチャンス」なので、有利・不利をあまり考えずに
自分らしさを出しながら、しっかりと「対話」して情報をキャッチすることが大切
です。

<就活tips>
⑦OB訪問・リクルーター面接が有利・不利に関係するかどうかはケースバイケース
そういった非公式的なコンタクトが1度もなくても、内定をもらえる可能性は十分ある。
⑧「会社の内実」「雰囲気」をつかむチャンスなので、機会があれば積極的に。



◆もし日程がバッティングしたらどうしよう?内定を断るのは大変?

いろんなサイトを見ていると、たとえば「内定を断ったら牛丼を頭からかけられた」とか
「ライバル企業とかけもちできないように各社は日程を作為的に組んでいる」とか
こういった心配の声が多数上がっていますね。

もちろん企業としては「うちの会社に良い人材が来て欲しい」と考え、巨額の経費を投じて
採用活動を展開しているわけですから、他社の採用日程を気にするのは事実ですし
急に態度を豹変させ、心ない形で内定を断る学生がいれば気分を害するのも事実です。
でも企業の人事担当者だって人間です。ただ叱るだけの学校の先生とは違います。
つまり「交渉」や「お願い」の余地だってきっとあるはずなんです。
特にローカル局の場合は(規模にもよりますが)採用人数は1ケタ台の人数が多いです。
話せば分かるというシチュエーションもあるのではないでしょうか?

たとえば「A社は本命で3次面接なんだけど、B社の最終面接と1日違いで日程的にキツイ」という場合。あなたはA社の担当者に電話をかけて
「実は御社を受ける前にエントリーしていたB社の最終面接が前日にあるんです。
もちろん御社に採用していただければ、そちらはお断りします。
ただ今は3次面接なので、まだ決断できる状況ではないというのも本当のところです。
B社の方にあまり失礼なことをするのも社会人としてどうかと心配しております。
私の面接時間は午前になっていますが、もし可能であれば急いで駆けつけますので
午後にずらしていただくわけにはいかないでしょうか?必ず伺いますのでお願いします!」
と交渉できる勇気があるでしょうか?

ともするとこのような行動を「無礼」と受け取る人もいるかもしれませんが、
社会人になればこういった板ばさみの状況は遅かれ早かれ経験します。
大切なのは「お互い人間同士。話せば分かるのでは」と考え、誠心誠意思いを伝えること。
そして勇気を持って行動する力です。私が人事担当者ならこの学生さんを評価します。
(逆に言えば内定を断ることは相手の信頼を裏切る意味では「ものすごく重い」行為です)

<就活tips>
⑨人事担当者といえども相手は人間。特に地方局の採用活動(終盤)では
1人1人個人を見て欲しがっているので、交渉の余地が多少あるかもしれません。
⑩就職活動をしている間は「学生」だが、すぐあなたは「社会人」になります。
「気がつくと誰かが変えてくれる」のではなく「自分で成長する」という意識を持つこと。
大切なのは行動力、礼儀、誠意、そして信頼関係です。



あなぐまの就職自戦記(14)誰にでも可能性は等しいを読む
【2008/02/10 21:11】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
tags:【体験談】

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