続・あなぐま就職自戦記[8]カルチャーショック
<前回までのあらすじ>
2000年春、念願のローカル放送局に入社したあなぐま。
「報道志望」という当初の願いとはうらはらに
配属されたのは営業セクション。
戸惑いながらも「飛び込みセールス」にチャレンジするなど
悪戦苦闘していた頃の日記を振り返って
「今の私ならこう考える」というコメントを付け加えつつ
みんなに「新入社員の日々」をしってもらおう!
てな企画です。

では、第8回のはじまりはじまり〜。

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「存在の耐えられない軽さ」(2000年5月19日)

初めての出張をしました。プロスポーツイベント開催の記念式典に出席(参列?)するためです。
2日間を通じて一番深く感じたことがタイトルにあげた「存在の耐えられない軽さ」です。

「イベントの作業」というと普通は、会場をおさえたり、さまざまな手配をしたり、進行を考えたり、現場での指示をしたり、片づけをしたりということを想像すると思いますが、実は、営業部の社員は全く違う作業をします。営業部では、今回の大会の提供スポンサーならびに普段から特に深いお付き合いのある企業・人に対して「イベントへのお誘い」をかけ、宿泊や飲食の手配をして、実際に会場でお客様をお迎えして、楽しんでいただいて、最終的にお客様に気持ちよく帰っていただくというのが、もっとも大切な仕事なのです。

いわゆる接待、ということになるのかもしれませんが、これから先の取引きを円滑に進めるためには、このもてなしが「大切な商品のひとつ」という言い方もできるのです。出席者はプロ選手が数十名、スタッフが約100名、そして取引先の方々が300名近くいました。あなぐまはイベントの途中から受付の仕事を急きょ頼まれたのですが、社長、会長、代表取締役、副会長、副社長、常務、専務、局長、局次長、部長、支社長、支店長などなど「まあ世の中にはたくさんの役職があるもんだ・・・」と思い知らされました。

イベントは相当大きなものでした。参加者、イベント側のスタッフ、会場のスタッフがそれぞれにせわしなく会場をうごめいています。そしてあちらこちらで会釈が交わされ、会話が飛び交っていました。自分からみて「えらい人」にあたる身分の人々がこうやってコミュニケーションをとっているのか!という新たな発見もありました。

<<−タバコもゴルフもギャンブルも酒もぜーんぶ、こういう場での「話題づくり」なのよね。

しかし、この会場の中での自分の存在が何と小さいのだろうということも痛感しました。おそらく私が途中でいなくなったとしても誰一人として気が付かないでしょうし、何の影響もありません。もし私が全員に名刺を配ったとしても、私の名前を覚える人はものすごく少ないでしょう(メリットがないので)。何だか、そこの会場にいる人々すべてが、自分とは別の世界に住む人のような気がしました。

<<−割り切ってしまえば平気ですけどね。
「この人は私に興味があるんじゃなくて“テレビ局の社員”に興味があるんだ」って。


考えてみれば、自分が生まれる前から仕事を頑張ってきた人々がそこにいます。サラリーマンという生き方はものすごく「長い」ということを切に感じたあなぐまでした。
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最後にいみじくも書いている
「サラリーマンという生き方の長さ」については
私いまだに馴染めずにおります。


社会人生活9年目。
別に役職もついていませんし、エラくなりたいわけでもありませんが
こんな私でもいつかは頭が薄くなり、加齢臭をただよわせ
貫禄が出てきて、課長だの部長だのになるんだろうか・・・?

という将来像を、全くイメージングできずにおります。

ただうっすら感じるのは、
管理職と呼ばれる人たちも毎日悪戦苦闘の連続だけれども、
「頑張ること」への耐性がついている分だけ、
あるいは経験がもたらす大局観と勝負勘を身につけている分だけ
さらには家族を背負っているというプレッシャーの分だけ
いわゆるひとつの「貫禄」がつくんだろうな
、って事。

つまり「みんな大変」なのです。結局は。
【2008/08/26 21:41】 | あなぐまの就職自戦記 | トラックバック(0) | コメント(0) 
五輪は終われど、テレビ局はここから正念場
世間ではオリンピックが終わり
「何だか寂しいなあ・・・」
という感じだと思いますが、まだまだテレビ局は熱い!

テレビ局が「NHK&民放協力体制」のもとで
取材をしていることは前回書きましたが、
それはあくまでも「会場取材」だけのお話です。
周辺取材(会場外の様子、選手の実家、所属先など)や
VTRの編集、スタジオ進行など
それはそれは多くの労働力を集約して
私たちに「感動」を届けてくれてます。

具体的に言うと(私自身は経験しませんでしたが)
アテネの時は、ディレクターと記者1人ずつが東京に応援に行きました。

ということはおよそ3週間、貴重な戦力を2人欠いたまま
日常の取材(地方のニュース)を続けていかなければなりません。
うちは全部で記者&Dが十数名の小規模局でしたからなおさらです。

記者・ディレクターにも当然「夏休み」はあります。
夏は順番に休みを取っていく関係上、ただでさえ「手薄」なのに
オリンピックで2人も欠ければ、夏休みはどんどん後ろ倒しになります。
しかもニュースの放送枠はそれほど減りませんから、
夕方ニュースの「特集取材」など、ノルマはキツくなっていきます。

そして閉会式。

やれやれと思うのと同時に、「通常放送」という重しが彼らにのしかかります。
ネタ薄&人手不足&残暑のトリプルパンチの中、
戻ってきた応援部隊に夏休みをとらせつつ、残留部隊の戦いは続きます。
(これで総選挙でもあった日にゃあ、タイヘンですよ・・・)

てなわけで、まだまだ頑張れ報道マン!

※ちなみに私は「11月に夏休み」という緊急事態(?)も経験しました。
【2008/08/25 21:00】 | 報道・制作の経験談 | トラックバック(0) | コメント(0) 
この人を選んで、信じたのだから仕方がない

星野JAPANにファン失望「まるで消化試合」
http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20080823047.html
(途中から引用)選手たちも皆、うなだれた。3点本塁打を放った青木宣親選手(26)は「国民の皆さんに申し訳ない」。主将の宮本慎也選手(37)も「本当に申し訳ない。責任を感じている」と話し、出てくるのは謝罪の言葉ばかりだった。
 スタンドで声援した兵庫県伊丹市の島野幸子さん(32)は「ベンチから声が出ていない。チーム全体で盛り上げようという元気がなかった」。東京都の会社員(38)は「まるで消化試合。これが実力か」と手厳しかった。 (共同)


・・・おっしゃる気持ちは分かりますけどね。
でも、本当のプロ野球ファンなら、知ってるはずです。

星野さん、短期決戦は弱いんですよ。


こちらをドゾ。

星野仙一(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E9%87%8E%E4%BB%99%E4%B8%80

星野監督はセリーグで通算13シーズン、監督として指揮をふるい
優勝3回、2位5回、3位1回。
13シーズンでAクラス9回なので、非常に優秀な監督と言えますが
見方を変えると
「9シーズンも優勝を狙えるチャンスがあったのに、優勝は3回だけ」
とも言えるのです。

さらに。

3度、日本シリーズに挑戦したが
ついに1度も「日本一」の栄冠は勝ち得なかった。

これは大きな事実です。

選手にとっては「心を通じ合える」優秀な監督ですが、
逆に言えば「非情には徹しきれない」のかもしれません。

何より、星野さんの作るチームは
もれなく
打てない。
これも短期決戦で苦労する理由かもしれません。


だからある意味、はじめから分かっていたことだし、
それでもこの監督を信じて、応援したのだから
悔いはないよ。

・・・そんな意見を持っているファンだって
いるのではないでしょうか?
【2008/08/23 20:32】 | 元記者のニュース解説 | トラックバック(0) | コメント(0) 
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